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観客には力がある
表方としてステージに立つばかりでなく、裏方としてサイン会の手伝いなど雑務もごく自然にこなしていた監督。映画祭全体を指揮し、細部までコーディネートし、オフではオーディエンスやゲストと語り合い、さぞかし疲れ切っているのではと想像していたが、いち映画監督としてクリエイティブな刺激を受けていることは、ひとりの観客として、とてもうれしい。

相互作用。それこそが、映画祭という場に生まれる魔法だと思うからだ。行定監督が語った『聴いてくれる』=『聴いてもらう』のコミュニケーションは、あらゆるカルチャーに通底する真理だ。
さて、コロナ以後の映画祭の実現には、かなりの決断が必要だったのではないだろうか。
「もちろん、細心の注意が必要ですが、幸い僕には優秀なスタッフがいてくれました。4月に延期が決まったときは、ただただ歯がゆかったですね。そして、7月には熊本で豪雨災害が起きた。なんとしてでも映画祭を行いたい、と思いました。オンラインでもいいから開催したいと。映画祭を通して、熊本に豪雨災害があったことを知ってほしかった。結果は、フィジカルと配信のハイブリッドになりました」
けっして郷土愛を語らぬ監督が、このときは切実な表情をのぞかせた。彼が映画祭に携わるようになってから、大きな地震が起き、コロナが蔓延し、豪雨災害が起きた。「復興」の2文字には、さまざまな願いや祈りが託されている。人心がある。
行定監督の『GO』にエキストラ参加し、映画の撮影現場を知り、それをきっかけに映画界を志し、映画監督になり、その作品が映画祭に招かれた喜びを語る監督がいた。
『菊池映画祭』で『うつくしいひと』を観て感銘を受け、「いつか自分も地元・熊本の役に立ちたいと決意した」と言う女優がいた。
壇上に立つゲストたちの言葉は、皆、沁み入るものだった。
新作を引っさげ、リモートでティーチインに参加した岩井俊二監督。行定勲監督は、岩井作品の助監督を長らく務めた。巨大スクリーンに映し出された「師匠」を眩しそうに見つめ、語らう行定監督の姿は、この映画祭の「フィジカルとオンラインの共存」を象徴するエモーショナルなひとコマだった。

だが、何よりも記憶に残るのは、自作『真夜中の五分前』上映後、この7月に突然逝去した主演俳優、三浦春馬について語る監督だった。
「この映画祭がなかったら、春馬について語る機会があったかどうか。春馬には、映画の功績があるんです。いち映画人の僕にとっても、春馬は大きな功績です。中国で全編ロケをし、春馬以外は全員中国人キャストという『越境』は、非常に大きな勇気がいることで、それを一緒にやってくれた相棒。彼はストイックで、本当に頼もしかった。すごい俳優なんです。春馬について語る機会を与えてもらった。そういう意味でも、僕自身が映画祭に感謝しています」
三浦春馬について語る行定勲の映像は、熊本城ホールのステージの上から、全国に配信された。熊本に来ることができなかった人にも、その声は届いた。
演じ手には力がある。
作り手には力がある。
映画祭には力がある。
映画には力がある。
そして、観客には力がある。
そのことが体感できた、かけがえのない『くまもと復興映画祭2020』だった。
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