開き直らず、かといって責め過ぎずに「男である自分」と向き合うには――『さよなら、俺たち』書店員対談

2020.10.20


ホモソーシャルな世界にも、変革が起きている

コメカ 男性性について考える本を持ってきてほしいということだったので、持ってきた1冊目が、『<男らしさ>のゆくえ』(伊藤公雄/新曜社/1993年)。読み返してみると、2020年の現在にネットで言われてるようなことも、すでにいろいろ書かれています。

この本は『さよなら、俺たち』のような当事者的な語りの本ではなくて、もっと批評的・理論的なものですね。「男の性もまたひとつではない」という章があるんですが、単一的なものとして想像されがちな「男性性」を、複数的に捉えることの重要性が語られています。

2冊目の『男性学の新展開』はわりと前に読んだのですが、これにも「男性性は単一的なものではない」ということに対する言及があります。

『男性学の新展開』田中俊之/青弓社/2009年

女性性や男性性というものについて語るとき、それらをひとつのかたまりのようなものとして捉えてしまう場面が、それこそインターネットやSNSでは多いように感じるんですけど。でも実際は「女性性」「男性性」と括られた内部にも多様な複数性があるよね、とよく思うんです。これらの本はそういった構造についてわかりやすく教えてくれます。

ジェンダーの話に限らないですけど、社会の中にある理不尽な抑圧や差別をなくすためにお互いに手を取って助け合いつつ、でも同時にお互いをひとつのかたまりではなくそれぞれバラバラな存在として受け止めなきゃいけないよな、と。でもそういう話をするのって、特にネットだと難しいですよね。だから『さよなら、俺たち』のように、個人っていう単位の実感からの正直な語りが本の形にまとまっていることって、大きな意味があると思います。

伊野尾 僕のほうは、まったく学術的ではない本を持ってきました(笑)。『アフロ田中』(のりつけ雅春/小学館)なんですけど、これはめっちゃ長いシリーズで、2001年の『高校アフロ田中』から始まります。

『高校アフロ田中』<第1巻>のりつけ雅春/小学館/2002年

コメカ サーガって感じですね。

伊野尾 まさに! スタート時には高校生だった田中が、中退したり、就職したり辞めたりを経て、今は結婚パートで。田中の話っていうのは一貫していて、それは「モテたい」「ヤリたい」で、ほぼそれしかないんですよ。

――結婚してそのあたりはどう変化するんですか?

伊野尾 それがおもしろいところで。「モテたい」「ヤリたい」だけだった人が、結婚して子供ができて、少しずつ生活への意識が芽生えてくるわけですよ。だけどやっぱり、自分の時間が持てないストレスや、奥さんが自分を構ってくれなくなったショックなんかを抱えて、それを会社の先輩に愚痴ると、「1秒でも長く奥さんを寝かしてやれ」と返される。

ここで重要なのは、田中が働いているのが土木工事の会社で、バリバリの男社会。そんななかでも今や「家事や育児はやるもの」って考え方が定着していることで。娯楽雑誌の、気楽に読めるようなギャグマンガの中に、こういうものが仕かけられているのがいい。

――アフロ田中はいわゆるカルチャー男子ではないんですね。

伊野尾 むしろそういうのから遠いところ。でも、ホモソーシャルな世界の中にすら、変革が起きてきているわけですよね。

コメカ 昔だったらたとえば『行け!稲中卓球部』(古谷実/1993年~1996年/講談社)みたいにホモソノリを描写していればおもしろおかしく楽しめていたんだけど、それだとやっぱりマズいぞ、って感覚が今はだいぶ広がってきたというか。

伊野尾 そうそう! 教訓のようなものが出てくる。啓蒙書なんですよ、そうは見えないだろうけど。

コメカ 『さよなら、俺たち』で描かれるような他者間コミュニケーションに慣れていない人たちには、こっちのほうがしっくりくるかもしれないですよね。

伊野尾書店ではポップつきで販売されていた『さよなら、俺たち』

伊野尾 清田さんは、千人以上の恋愛相談を聞いたっていう経験がありますからね。それを真似するのは難しいけど、ダイエットを試しまくった人が紹介するダイエット本みたいなものとして、『さよなら、俺たち』を参考にすることはできそう。

コメカ とにかくコミュニケーションの筋トレをするっていうことでしょうか。当たり前のことですけど、いろいろな立場の人とフラットに話す機会を持つ努力をするっていうのは、大事なことだと思います。

ジェンダーの話題って、SNS上だと言い切り・断言みたいなものしか受け入れられないところもあると思うんですが、逡巡や葛藤をそのまま言葉や本にするっていうのもすごく大切なことである気がします。そういうプロセスを、男性同士でのダメ過去自慢合戦にならないように気をつけながら、まわりにいる多様な人たちとコミュニケーションを取るためのきっかけにしていけたらいいなと思いますね。

清田隆之『さよなら、俺たち』

【収録内容】

1200人を超える女性の恋愛相談に耳を傾けた結果、見えてきたのは男たちの幼稚で狡猾な姿だった。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表として恋愛と性差の問題を発信してきた著者による、初の本格的ジェンダー・エッセイ集。
失恋、家事、性的同意、風俗、夫婦別姓、マンスプレイニングからコロナ離婚まで、さまざまなテーマに根づく男性問題を掘り下げていく。


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碇 雪恵

(いかり・ゆきえ)北海道札幌市出身。出版取次会社や出版社での勤務を経て、現在はフリーランス。ライター業や出版社の営業代行を請け負う傍ら、ウェブサイト『WEBmagazine温度』運営、新宿ゴールデン街「月に吠える」店番なども。

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