女子小学生にまで求められる“モテ技”。男はなぜ「さしすせそ」で気持ちよくなってしまうのか(清田隆之)

2020.5.16
清田隆之_クイックジャーナル

文=清田隆之 イラスト=オザキエミ
編集=田島太陽


男性を褒めて喜ばせるための「さしすせそ」というテクニックがある。その実践方法が、女子小学生向けの本で“男ウケするためのモテ技”としてレクチャーされている。それは小学生にまで必要な知識だろうか? そもそも、なぜ「男性は褒められたい生き物」とされているのか?

これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、ラジオやコラムで紹介してきた「桃山商事」の清田隆之が、「褒められないと機嫌を損ねる男」の仕組みと危うさを解説する。

ジェンダーの呪縛になりかねないという批判

先日、ツイッターで『おしゃカワ!ビューティー大じてん』(成美堂出版)という本が話題になった。きっかけはある女性アカウントのつぶやきで、本の表紙や内容を写した4枚の画像と共に「今のJS(※女子小学生の略)ガール達こんなの読んでるなんておばさん驚いちゃったよ。。」とつぶやき、14万を超えるいいねを集めた。

この本自体は2018年8月に発売されたもので、主に小学生の女子に向けてファッションやヘアアレンジ、メイクにスキンケアなどのノウハウを提供する、タイトルどおり“美容の入門書”といった趣の内容だ。これが2年を経てこんなにも注目されたのは、その内容が小学生の女子たちにモテやルッキズムの呪いを植えつけたり、ステレオタイプなジェンダー観を再生産したりしかねないという批判を集めたからだ。

ネットで取り寄せた本書の目次には、「女子力上げ♡ヘアレシピ」「スペシャルな1日に♡メイクの魔法♪」「男子の視線が集中!?モテ女子のすべて」など、大人向けの女性誌と見紛うような見出しが並んでいた。

「美ボディーをゲット!」「さわりたくなる!スベスベ肌のヒケツ♡」というお題目と共に小学生にダイエットやムダ毛の処理を推奨したり、「好かれ女子入門」と称して「身だしなみ」や「ふるまい」、「訪問や食事」のルール&マナーを課したりする本書には確かに恐ろしさを感じる。ジェンダーの呪縛になりかねないという批判の声にも賛同しかない。

自明のものとして置かれつづけている問題

もちろんこの本で美容やメイクに目覚める読者もいるはずだし、こういった知識が役立つ瞬間もあるのだとは思う。そういう部分は否定したくないが、ノウハウの一部が“男子からモテるため”のものとして提示されている点には引っかかりを感じる。

発端となったツイートに上げられていた画像でも、「カレとのデートはナミダぶくろメイクがカギ」のページや、モテ女子になるための「さしすせそ」「オウム返し」といったテクニックのページがチョイスされていた。ツイートした当人がこれらをどういうつもりで上げたのかは判断できないが、批判の多くもこの点を問題視していた。

このような、ある種の“男ウケ”を意識して作られたコンテンツが話題になるのはSNSでたびたび見かける光景だ。批判の声が上がり、それらに対して「実際こういう女子を好きな男は多い」「好きでやってる女子もいる」といった擁護論が沸き起こる。攻撃的なものになると「嫌なら見なければいいのでは?」「モテないフェミの言いがかりwww」のようなコメントもある。

冷笑や罵倒は論外だが、男女含めてさまざまな意見が飛び交い、議論が深まること自体はとても有意義だと思う。しかし、こうした論争でいつも不問のままになっている問題が存在する。根幹や中核に位置するものであるはずなのに、そこだけ奇妙なほど放置され、なぜかデフォルトのように自明視されている問題、それは「なぜ男たちはそういった女性を好むのか」という部分だ。

「男の子はホメられるのが好き!」

おしゃカワ!ビューティー大じてん
『おしゃカワ!ビューティー大じてん』

たとえば「モテ女子のすべて」の章にはさまざまなテクニックが紹介されている。男子の長所を褒めよう、ハンカチやティッシュを持ち歩こう、目が合ったら微笑もう、笑うときは手で口元を隠そう、上目使いで話そう、男の子の髪や服にゴミがついていたら取ってあげよう──。あまりに手取り足取り過ぎるが、これらは特別珍しいものではなく、いろんなメディアで紹介されているノウハウだろう。

こういったものが“男ウケ”のテクニックとして世間に流通しているのは、実際にそれを好む男性が多いからだ。「さしすせそ」のページには、「男の子はホメられるのが好き! 会話にこまったら思い出せるように、まほうのコトバ、『さしすせそ』を覚えておいてね♡心からホメることが大切だよ!」というリード文とともにこのような具体例が紹介されている。

【さ】さすが!
例:「勉強してないけどテストできたわ」「さすが○○くんだね!」
あまりに出会ったばかりの男の子だと、オレの何を知っててさすがなの? と思われちゃうから様子を見てね!

【し】知らなかった!
例:「この小学校、オバケ出るんだって」「知らなかったー!」
知っていることなら、無理して知らないふりをせずに「くわしく知りたいー!」と言ってもOK♡

【す】すごい!
例:「オレ、3センチも身長のびてた」「すごーい!」
会話の中で、ちょっとでも男の子をホメられそうなときには、すかさず言ってね!

【せ】センスいい!
例:「○○くんの読んでるマンガってセンスいいね」
男の子の持ち物が新しくなったときなど、だれよりも先に気づいて言ってあげて♡

【そ】そうなんだ
例:「うんうん、そうなんだ! すごいね。」
話を聞きながら合間に「そうなんだ!」と言うと、しっかり聞いているのが伝わって、男の子が話しやすいよ!

……いかがだろうか? ツイッター上には「これは男女ともに使える社交のテクニックであり、女性蔑視には当たらない」といった主旨の反論をつぶやいている男性もいたが、的外れな言いがかりでしかない。問題の根幹はもっと奥底にある「男性はなぜ『さしすせそ』をされると気持ちよくなるのか」という部分だ。

男子とは褒められるのが好きで、おだてられると気持ちよくなり、女子に何かを自慢したり教えたりしたい生き物である。だから女子は率先してその意図を汲み取り、さり気なくその欲を満たしてあげましょう──。ここで提示されているのはそのようなメッセージだ。

これはいわゆる“感情労働”に近い。桃山商事の女性メンバーであるワッコはこういった行為を「ぬきぬき」と呼んでいるが、こんなものを期待される側はたまったもんじゃないだろうし、ましてや小学生のうちから「それが女子の役割です」なんてことを教えられるなんて、まさにジェンダーの呪縛でしかない。女性たちから批判の声が上がるのも当然だ。

ではなぜ、俺たち男は「ぬきぬき」されると気持ちよくなってしまうのだろうか。小学生向けの本に「男の子はホメられるのが好き!」と無邪気に書かれてしまうほどそれが自明のものとして扱われているのは、どうしてなのだろうか。

「こう言えば男たちは扱いやすい」という消極的な動機

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清田隆之

(きよた・たかゆき)1980年東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。 『cakes』『すばる』『現代思想』など幅広いメディアに寄稿するほか、朝日新聞..

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