マンガ家を夢見て半世紀『67歳の新人 ハン角斉短編集』
2022年9月30日に刊行された『67歳の新人 ハン角斉短編集』。タイトルのとおり、著者のハン角斉は67歳にしてこれが初の単行本となる。
半世紀かけて夢を叶えた、新人マンガ家の短編集を読む。
※この記事は『クイック・ジャパン』vol.163に掲載のコラムを転載したものです。
夢残るままの中年の青春
最近、若者たちは映画を早送りで観るらしい、音楽をサビだけ聴くらしい、サブスクが生み出したモンスターだ、ワー、と、自称大人たちのカルチャーの今後を憂える発言をよく聞くけれど、そんなこと言う方に限って、どうせタワレコの試聴機で好みのサビを探してたんじゃないの。アダルトビデオの導入トークを飛ばしてたんじゃないの。手に入れるべきものを時間をかけて吟味する行為としては、背後に関わるお金の流れの差こそあれ、今も昔も変わらない。じっくり向き合える宝物がいつか見つかるといいね、若者たち。
『67歳の新人』という短編集のタイトルは、本のタイトルというより、作者のハン角斉の紹介だ。学生時代にマンガ家を目指すが早々に諦め、整骨院を営むも思いは断ち切れず、45歳から再度マンガを執筆、20余年かけてデビュー。しかし年齢で言えば、現役で高校野球部を描いているあの青春マンガの巨匠は4つ年上だし、帯に熱烈な推薦文を寄せているヒットメーカーの池上遼一は9つ年上だよ。問題は、そのリュウゼツランの花のような遅咲きぶりで、コールドスリープしていた才能がフレッシュに解凍された奇跡の方だ。
審査員の業田良家を魅了したという入選作『山で暮らす男』からはじまる。食べ物を調達しに山を降りてきた男が、自分の指名手配ポスターを見かける。その愛嬌ある笑顔。どうやら酷い方法で子供を殺したらしく、警察に追い詰められるとあっさりと認める。その愛嬌ある笑顔。なんだかわからない笑顔。そして、恋について話しだす。
こうしたなんだかわからなさの、吸引力が強い。それに引き換え、ストーリーの骨子はどれも驚くほどシンプル。どれも孤独な中年男の恋の話。今の時流では敬遠されがちな、男の浪漫だ。
それらを、あまり類を見ない技法で、たとえば人の肌の凹凸に沿った細い線で陰影を作ったり、星の輝きを残しながらぐりぐりぐりぐりと夜空の漆黒を描線で埋めたりして、見事に異様に仕立てる。さらに、息を呑むキラーなコマがどこかにはめ込まれている。夢かうつつか、ラブコメか怪談か。その区別もつかなくなる独自のセンスは、おそらく自分のマンガだけを吟味し続けた末、手に入れたものだろう。こればかりは幸福なサブスク環境からは生まれてこないものの気がするよ、若者たち。
しかし、マンガ家を夢見て半世紀後、おかしな夢を紡ぐ技術が認められて本が出るなんて、実に夢があることだ。
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