東日本大震災から10年。非当事者の関わり方を映画『二重のまち/交代地のうたを編む』から考え直す

2021.2.27

「二重の語り得なさ」に辿り着いて

4人の若い旅人は、見聞きしたことを自身の言葉で語り、来た道を辿り直していく。ある者は話し手の姿をそっくり体現するような話ぶりで伝えようとし、またあるものは、一つひとつ言葉を選びながら、聞いている相手の心に向かって確実に声を届ける。体験を話してくれた人の感情や表情を思い浮かべながら、語り直す。

しかし、今さっき聞いた話でも、語り直そうとするとぽろぽろとこぼれ落ちてしまうものがあることに気づく。それでも、彼、彼女たちは、伝えることを諦めようとはしないだろう。

『二重のまち/交代地のうたを編む』より

人間はおそらく、聞いた話を自身の言葉で語り直してみることによって初めて「どうしても語り切れないもの」があることに気づく生き物なのだと思う。しかしふと考えてみると、「自分自身が体験したこと」を他者に話す際にだって、すべてのディテールは伝えられていないのではないか? 昨日食べた昼ごはんの、米粒の柔らかさはどうだったか、器はどんな形をしていたか。すぐに忘れてしまうし、見ようとしなければ記憶に留まらない。語れない。

似たことが、もしかしたら被災者側の身にも起きているのではないかと、ここで飛躍かもしれないが想像してみる。私が「語り直す」ときに「語りえないもの」に苦悩したのと似たように、彼ら被災者にもまた、体験を話すときにこぼれ落ちてしまったものがあるのではないかと、思いを巡らせてみてはどうだろうか。

そうした思考の末に私たちは初めて、あなたと私の間にある「二重の語り得なさ」の存在に出合うことになるのかもしれない。その地点が、真の対話が始まる交差点であるとしたら。対話をするあなたと私のお互いが、失くしたもの、落としてしまったもの、忘れゆくものを想像しつづける、語りつづけようとすることで、寄り添い、未来に残そうとする。

『二重のまち/交代地のうたを編む』より

2013年
8月29日

話を聞くのに遅いも早いもないと、
最近は感じるようになった。
体験したことは身体の中に残り続ける。
形を変えて、傷みの間隔を和らげながらも、
存在し続けるのかもしれないと。
時間をかけて耳を傾け続ける。
話を聞いたその人はまた、
ともに生き、誰かに伝えていく存在となる。
それもまた弔いの術。
きっと、ずっと続いていく。

瀬尾夏美『あわいゆくころ──陸前高田、震災後を生きる』(晶文社)P143-144

消えゆくまち、消えゆく体験の新たな継承の物語はこうして始まるのかもしれないと、本作の鑑賞者は若い旅人たちが被災地を発ったあとの行く末に思いを馳せながら、きっと自分の身に起きたこととしても受け取ることになるはずだ。

震災の当事者/非当事者に限らず、他者と自分との境界線はあらゆる場所に存在しているだろう。ディスコミュニケーションはあらゆる場面で起こる。そんなときに実践できる“技術”が、映画から私たちへ受け渡された。

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  • 映画『二重のまち/交代地のうたを編む』

    2021年2月27日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールにてロードショーほか全国順次公開
    出演:古田春花、米川幸リオン、坂井遥香、三浦碧至
    監督:小森はるか+瀬尾夏美
    撮影・編集:小森はるか、福原悠介
    録音・整音:福原悠介
    作中テキスト:瀬尾夏美
    ワークショップ企画・制作:瀬尾夏美、小森はるか
    スチール:森田具海
    配給:東風
    (c)KOMORI Haruka + SEO Natsumi

    関連リンク

  • 特集上映「映像作家・小森はるか作品集 2011-2020」

    いまここに見えないものを/思い浮かべる/余白を/写す
    すでに劇場公開され、高い評価を得ている『息の跡』(2016年)、『空に聞く』(2018年)に加えて、小森と瀬尾が陸前高田市で瓦礫撤去のボランティアに参加した際に出会ったりんご農家を営むご夫婦との記録『米崎町りんご農家の記録』(2013年)、仙台在住の美術家・青野文昭さんの制作風景を追ったドキュメンタリー『かげを拾う』(2021年)など、劇場初上映作品を含む全9作品〈7プログラム〉を一挙上映。

    東京:ポレポレ東中野 3月6日(土)から3月19日(金)まで開催
    愛知:名古屋シネマテーク 3月20日(土)から3月26日(金)まで開催
    大阪:シネ・ヌーヴォ 4月3日(土)から開催
    京都:出町座 4月2日(金)から開催
    ※詳細はこちらからご確認ください


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