私たちは「接近」を望んでいた
あらすじ、設定などの紹介は完全省略するが、まず第一に、キャラクター全員が「健やか」であることは重要なポイントだ。善人しか出てこない、という意味ではない。誤解を恐れずに表現すれば「ヘルシー」なのである。悲惨な背景はある。主人公の行動にも、やむにやまれぬ事情が存在する。
前述したように、ややグロテスクな描写もないことはない。しかし、根源的な気色悪さが一切漂わない。どこまでも、健康的。かといって、友情やら絆やらを讃美したり、しがみついたりすることもない。キャラはそれぞれ、いい意味で孤立しており、独立独歩の趣がある。個性がバラバラで、各自マイペースなありようが肯定されている。その真摯さ、その奔放さ、その頑なさ、その闊達さ、その一途さが、当たり前に認められている。
少年少女と鬼が終わりの見えない闘いをつづける世界はもちろん過酷なものだが、登場人物たちが「そのままでいい」と赦されている世界は極めて健全である。この点において、この作品はシェルターとしてのファンタジーを形成している。だから、すこぶる居心地がよい。
苦難と葛藤を描く物語の真髄にあるのは、「あなたはここにいていい」という受容であり、それは、私たちが今、最も必要としているものでもある。いや、現実の世界に最も欠けているものであり、それは、コロナ以後の世界が渇望せざるを得ないものだ。
映画は、サブタイトルに示されているとおり、列車、すなわち「移動する密室」が舞台となる。連結された車両と車両の中で起こるパニックは、否応なく「密」を想起させ、私たちはコロナに想いを巡らせる。だが、どんより暗い気持ちになる隙はない。電光石火の速技で、あれよあれよという間に、一大活劇が繰り広げられる。
メインタイトルにある「刃」を用いたバトルは、超絶的なパワーも加わるが、基本的に剣劇であり、肉弾戦である。つまり、接近戦。この、誰かと誰かが接近するという行為は、たとえ闘いであっても、「ディスタンス」という2020年以後の現実と向き合わざるを得ない私たちにとっては、羨望にほかならない。そう、無意識のうちに、私たちは、ああした「接近」を望んでいたことに気づかされる。
人間と鬼が向き合う。接近する。刃と刃を交える。その光景は、憧れに値する!
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