『鬼滅の刃』完結は英断。無残に引き延ばされなくてよかったと断言できる理由

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文=多根清史 編集=アライユキコ


大人気連載『鬼滅の刃』が終了した。SNSもロスを嘆く声であふれている。だが「ここで終わってよかった、英断だ!」と、賞賛の声も上がっている。マンガ、アニメ、ゲームなどサブカルチャーの論客・多根清史がその理由を解説する。

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「全205話で完結」は意外ではない

今年5月時点でシリーズ累計発行部数6000万部を突破していた『鬼滅の刃』。2016年末の連載開始から3年半というわずかな期間に『週刊少年ジャンプ』のトップに君臨する『ONE PIECE』にも比べられる破竹の勢いのなか、5月18日発売の同誌で第205話をもって完結。人気絶頂なのに、劇場版「無限列車編」(10月公開予定)を控えているのに、なぜ?との声が日本中に響き渡っている。

最終回が掲載された『週刊少年ジャンプ』2020年 6/1号/集英社

しかし「なぜ」ではなく「見事に」というべき。コミックが売れているからと未練がましくダラダラ引き延ばしたりせず、すべての因果が回収されたところで物語がキレイに完結しているのだから、美しいと言うほかはない……とはいえ、まさに「売れているから」には何者も逆らいがたいのが資本主義の真実ではある。

実際、熱心な読者ほど最終決戦の行方以上に「その次」にハラハラしていたはず。せっかく最高におもしろいのに、我が道を突き進んでいたのに、いつもの無理やり延長(『ジャンプ』に限らず、売れているコミック一般がそうである)になって末節を汚したらどうしよう。そんな心配をされた作品は、後にも先にも『鬼滅』のほかはマンガ史上でも稀血、いや稀なはず。

ちなみに全205話というのは『ジャンプ』連載としても別に短くはなく、たとえば『暗殺教室』(180話)よりは長いし『ニセコイ』(229話)より少し早めに終わったぐらい。いや『磯部磯兵衛物語』って256話もつづいてたのかよ! というのはさておき(1回が短いから)。それでも短く感じる、もっと読みたい、でも無様につづくのはカンベン……という複雑な思いにファンは身をよじっていたのである。

おそらくファン心理を的確に表す言葉、それは「作品の成仏」。愛すればこそ死んだ魚の目になる前に昇天させてやりたい──そんな特殊な心境に至ったのは、『鬼滅』が読者にその覚悟を決めさせるプロセスを着々と積み上げてきたからだ。

「ラスボスのその次」はキャラクターたちへの愚弄

「俺は長男だから我慢できた、次男だったら我慢できなかった」

これぞ主人公・竈門炭治郎のキャラクター性を象徴するセリフ。ひと言だけ抜き出すとギャグのようだし、そのシーンは笑いどころには違いないが、しっかりと人格から発せられた言葉だ。長男だからつらく厳しい修行も耐えて耐えて耐え抜いたし、長男だから鬼から罪なき人々を守る。本人は大まじめであり、現代の倫理観にそぐわなくもあるが、大正時代という設定には根ざしているし、それ以上に「そういう人」なのである。

『鬼滅の刃』<第1巻>吾峠呼世晴/集英社

キャラクターは漫画家の創造物ではあるが、おそらく作者の吾峠呼世晴氏──以下「ワニ先生」(通称)は、作品の中に入り込んで、炭治郎という人物を見てきている。『鬼滅』はどのキャラも独特のセリフを言うが、どれだけネタっぽかろうが、中心には信念や生き様が筋金として貫き通されている感がある。まぁ善逸や伊之助は読者への癒やしのためか、少しネタに走りがちですが。

そうでなければ、自分と同じ門下をなぶり殺した手鬼を死にかけながらも倒したときに「神様 どうかこの人が今度生まれてくる時は 鬼になんてなりませんように」なんて言葉は出てこない。思いつきで気まぐれで優しくしているのではなく、長男として生きてきた延長線にしか生じてこようがない振る舞いだ。

独特なセリフ回しはジャンプマンガの伝統。主役の「お前はもう死んでいる」から悪役の「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」まで名ゼリフは数限りなくあるが、凄まじく要約してしまうとカッコいいイキリゼリフだ。

今までのジャンプなら、カッコつけずイキッてもいない炭治郎のセリフにダメ出しするだろ……と思いきや、やっぱり編集者はダメ出ししていたが、ワニ先生が頑として聞かなかったというインタビューがあった。やっぱりな!(『livedoor ニュース』2020年2月5日)

一人ひとりのキャラの行動原理やセリフに「それまでの生き様」という筋金が通っていて、それぞれに生きる目的を持っている。だから打倒ラスボスというゴールは変えにくいし、変えてはいけない。すべてを犠牲にして命を捧げてきた目的地のうしろに「その次」が控えているのは、死力を尽くしてがんばってきたキャラクターたちへの愚弄でしかないのだ。

発売中の最新巻『鬼滅の刃』<第20巻>吾峠呼世晴/集英社

「死んだ人は生き返らない」を厳守

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多根清史

(たね・きよし)1967年、大阪市生まれ。京都大学法学部修士課程卒。著書に『ガンダムと日本人』『教養としてのゲーム史』、共著に『超クソゲー2』『超ファミコン』など。ゲームやアニメ、マンガからスマートフォンまで手がける雑食系ライター。

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