主人公の幼児化と子供をおどかすナマハゲ
仲野太賀がいよいよここにきて驚きの境地に達している。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)、『南瓜とマヨネーズ』(2017年)、『静かな雨』(2019年)、『生きちゃった』(2020年)など、吐き出し口のない生きづらさを抱える若者を演じさせたら右に出る者がいない状況だが、本作でも彼の目や表情や声が作品のトーンへと絶妙にチューニングを合わせてくる。以下に記すたすくの奇行にも、不思議と説得力を与えているのだ。
たすくは「人生から逃げる」という意味で「幼い子供に逆戻りしたような行動」を繰り返す。全裸で走り回るという衝撃的な画がまずそれだ。それから飲酒することをやめ、朝食になぜか赤子が食べるような離乳食を口にしている描写がある。男鹿に戻って来たたすくは母親の仕事場に連れ立ち、鼻歌を陽気に歌いながらあたりを走り回る。まるで子供が公園で遊ぶみたいに。そうすると母親がいきなり倒れてしまい、あわあわして目が泳いでしまう、という描写まであった。挙げ句の果てには、子供から「悪い子はいねぇが!」と遊ばれる場面まで……。
ナマハゲの面を被って子供をおどかしていた男、その実は彼自身が子供だった。そういう、主人公への皮肉と批評性が込められた描写なのだろう。たすくの脆弱性は剥き出しにされるが、だからこそ崖っぷちの彼が取る行動に真実味が出る。
ある眼光を携え、たすくは「そして〇〇になる」
佐藤監督と仲野太賀は、文化庁による次世代を担う映画監督の発掘と育成を目指す「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト 2015」で製作された『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』(2016年)以来、2度目のタッグとなる。その作品でも、そして『泣く子はいねぇが』でも描かれているのが「逃げる→面と向かう」というプロセスだった。
逃げつづけた男が急に現実と向き合うというのは、物語としてあまりにもうまくいき過ぎている。凡百の映画であればおそらくそう感じていただろう。しかし本作ではやはり仲野太賀の演技が、その「目」が、あるひとりの男性の立ち上がりをこれでもかというほど切実に表現してみせているのだ。
ここではラストシーンについて詳細に語ることはしないが、ぜひそこでのたすくの「目」をしっかり見てほしい。愚かさも秘めたあの行動は、父親になれなかった男の叫びとして、あるいはナマハゲとしての職務をまっとうする決断をした男の泣き声として、いくつもの想像可能な彼の心中を重層的に語るだろう。
たすくは何かになれたのかもしれないし、なれなかったのかもしれない。いずれにせよあの「目」が、これからもきっとつづいていくのだろう彼の人生を予感させてくれる。
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映画『泣く子はいねぇが』
2020年11月20日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
監督・脚本・編集:佐藤快磨
企画:是枝裕和
エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
主題歌:折坂悠太「春」(Less+ Project.)
出演:仲野太賀、吉岡里帆、寛 一 郎、山中 崇、余 貴美子、柳葉敏郎
配給:バンダイナムコアーツ/スターサンズ
(c)2020「泣く子はいねぇが」製作委員会関連リンク
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