「この世の中には2種類の人間がいる。持てる者と、持たざる者だ」という言葉を聞いたことがあります。しかし、この世の中に「持たざる者」などいません。誰にでも強みと持ち味はある。あとはそれをどのタイミングで活かすかだけなのです。
コロナ禍の現在、リモートワークなどが増え、人とコミュニケーションを取る機会も減り、ひとりの時間が増えています。ついつい自分を誰かと比べて「持っていない」と内向きな思考になりがちかもしれません。でも、みんな必ず何かを持っています。
今回は、誰もが「持てる者」なのだと教えてくれる映画『ファヒム パリが見た奇跡』を紹介します。
一見すると「持っている者」と「持たざる者」に見える

本作の主人公ファヒムは、チェスが強過ぎる少年。わずか8歳でバングラデシュの国内チャンピオンになるほどの、いわゆる完全に 「持てる者」 です。しかしチェスが強過ぎるために周囲から妬まれ、さらには、政変がつづくバングラデシュで父親が反政府組織に属していたこともあり、一家まるごと脅迫を受けるように……。
命の危険を感じた父親はフランスへの亡命を決意。乱暴に言うと、ファヒムのチェスが強過ぎることが原因なのですが、当のファヒムは大喜び。チェスの盛んなフランスで「グランドマスターに会うぞ!」と息巻くただの8歳。
ここだけ見るとファヒムが完全に「持てる者」で、父親は単なる脇役に見えてしまう。しかし、ちょっと目線を変えることで、父親も「持てる者」だとわかります。
モブキャラだからといって「持たざる者」とは限らない
「持てる者」であるファヒムのまわりにいるモブキャラ(と言っては失礼だけど)でも、「持たざる者」とは限りません。
作中で描かれるのはわずか数分ですが、ファヒムと父親がバングラデシュからフランスに渡るまでに、多くの危機や困難があります。もしここにスポットを当てたならば、父親が苦労しまくってわずか8歳の息子とふたりで亡命する、涙なくして語れないストーリーが存在するはず。もっと言えばそれだけで1本の映画になる。バングラデシュからフランスに亡命者として渡ることができた。この事実だけで、父親も完全に「持てる者」なのです。
このあと父親はいろんな事情があったとはいえ、フランス語を覚えられず、仕事も家も見つけられずで、かなり持たざる者街道一直線なのですが、ファヒムをフランスに連れてきた大恩人であることは忘れないでください。
それぞれが役割を果たし、持ち味を活かす世界
父親以外のキャラで考えるとどうでしょうか。チェスを教えてくれるコーチ、チェス教室を経営するおばさま、学校とチェス教室の友達……。乱暴に言えば、彼らはモブキャラです。
しかし、モブキャラ代表とも言えそうな友達がファヒムにフランス語を教えるのです。フランス語の勉強シーンは少ないですが、友達がいなければファヒムはフランス語を短期間で覚えることはできず、完全に孤立します。いくらチェスが強くても、言葉がわからなければコーチと意思疎通すらできません。友達が持っているものをファヒムに提供してくれたおかげです。

次に、コーチはチェスを教えることしかできない偏屈者です。その教え方もクセしかなく、3日どころか3分で辞めたくなるほど。しかし少しずつファヒムとの信頼関係を築いていきます。そして、難民申請中のファヒムは本来であれば大会に出場できないのですが、そこでコーチが持っているものを……。
最後に、チェス教室を経営するおばさま。彼女は圧倒的な優しさを持っています。ただし、優しいだけのおばさまであれば、映画やドラマ、そして絵本の中にもあふれるモブキャラです。このおばさまが、おばさまであるからこそのミーハーを発揮したとき、ファヒムの運命は大きく変わるのです。
「持てる者」「持たざる者」の境界などない
ファヒムのチェスの強さは絶対です。これがないと映画になりません。一見すると、チェスの強さだけで人生を切り拓いた「持てる少年」です。しかし彼ひとりではフランスに渡ることもできず、大会に出ることもできません。モブキャラがいなければモブキャラで終わるひとりと言えます。
つまり、「持てる者」と「持たざる者」の境界などないのです。視点を変えれば誰もが持てる者であり、お互いがお互いを支え合っているのです。誰もが、適切なタイミングで、持っているものを活かす。世界はそうできていると実感できる1本です。

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映画『ファヒム パリが見た奇跡』
2020年8月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督・脚本:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴェル
原題:Fahim
出演:ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド、ミザヌル・ラハマン、イザベル・ナンティ
配給:東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES
(C)POLO-EDDY BRIÉRE.関連リンク
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