COVID-19下のアンビエント――イーノ、ローファイ・ヒップホップ、『都市計画』から考える

2020.5.28


『都市計画』におけるメロディというジェスチュア

岡田拓郎とduennというふたりのミュージシャンがコラボレートしたアルバム『都市計画(Urban Planning)』は、紛うことなきアンビエント作品である。ふたりが「都市」を表題に掲げたことは、アンビエント・ミュージックの都市的な性格に対する批評のようにも思えるし、あるいは都市の空間や暮らしをサウンドを通じて「計画」していく実践のようにも思える。

注目すべき点は、本作がduennによる(iPhone/Macユーザーなら誰でも使うことのできるGarageBandを用いて制作された)シンプルなメロディを軸に構築されていることだ。冒頭の「Waterfront(UP-01)」はゆるやかに変化し、重なり合い、溶け合うトーンから構成されているし、冒頭からハーモニーが登場する「Subcenter(UP-10)」のような楽曲もあるし、短いスタブのように和音が登場することもある。けれど、ほとんどの楽曲はほぼ単旋律である。サウンドのレイヤーは最小限で、音色のバリエーションも統一されている。最短で1分、長くとも2分33秒、トータルのランニングタイムは25分半。このシンプルさと短さはそれ自体興味深い。結果として、duennの紡ぐメロディが担うジェスチュアが前景化した作品になっている。

黎明期のミニマリズムを想起すればわかるように、反復や持続はプロセスの中でジェスチュアをテクスチュアに還元する強力な機能を担っていた。シンプルなモチーフや、あるいは単一の持続音は時間の経過の中でひとつのジェスチュアであることをやめ、多様な表情を見せるテクスチュアを幻聴させる。複雑さよりもシンプルさを打ち出す『都市計画』においては、メロディというジェスチュアがテクスチュアへとメタモルフォーズする前にひとつの曲が終わってしまう。

それでもなお『都市計画』がアンビエントたり得ているのは、逆説的ながら、この1曲ずつの短さによるだろう。始まりや終わりを感じさせることを注意深く避けるかのようにエディットされた短く儚いジェスチュアは、テクスチュアの音楽として自らを主張するよりも、日常のサウンドスケープを構成するジェスチュアのひとつへとそっと退く。だからこそ、本作のリリースに当たって公開された3時間にわたるビデオのように、繰り返し繰り返し聴く(聞き流す)こともできる。

『都市計画』のメロディは、都市の知覚体験そのものを模そうとするのではなく、実際の都市の中に存在しようとしているかのようだ。

“Urban Planning” by Okada Takuro + duenn

個と孤を言祝ぐ、COVID-19下のアンビエント


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(イミヂクモ)ライター、批評家。山形県在住。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019)。