COVID-19下のアンビエント――イーノ、ローファイ・ヒップホップ、『都市計画』から考える
バンド「森は生きている」のリーダーとしてキャリアをスタートし、現在はソングライター、ギタリスト、プロデューサーとして活躍中の岡田拓郎。Merzbow、Nyantoraとのエクスペリメンタルユニット「3RENSA」のメンバーとしても知られるサウンド・アーティストのduenn。
そんなふたりのコラボレーションによって生まれた『都市計画(Urban Planning)』というアルバムが、2020年5月20日にデジタルリリースされた。「都市の音楽」というキーワードを据えて制作されたこの作品は、期せずしてCOVID-19下におけるアンビエント・ミュージック(環境音楽)について考えさせられるものとなった。
『リズムから考えるJ-POP史』の著者で気鋭の批評家であるimdkm氏が、ブライアン・イーノやローファイ・ヒップホップを参照に引きつつ、「COVID-19下のアンビエント」について記した。
都市の音楽としてのアンビエント
ブライアン・イーノ自らの手による『Music for Airports / Ambient 1』(1978年)のライナーノーツには、現在もよく言及される次のような一節がある。
「アンビエント・ミュージックは、聴取のアテンションが持つたくさんのレベルに対して、特定のひとつだけを強調することなく、適応できなければならない。興味をそそるのと同じくらい、どうでもよくなければならないのだ」
イーノのウェブサイトより、拙訳。http://eno-web.co.uk/MFA-txt.html
ここで「聴取のレベル」の複数性が意識されていることは特筆に値する。イーノの提唱したアンビエントはあらゆる聴取の様態に開かれることを望む音楽である。
たいていの音楽は聴衆の関心を惹くように注意深く構築されている。たとえばポップミュージックに見られる強い形式性や反復はそのひとつの表れである。それに反してアンビエントは関心を惹かないことにも同じように注意を払うことによって成立する。
しかし、なんでこんなややこしいことをしなければならないのか。「このような音楽をつくらなければならない」というミュージシャンの内的必然もあろうが、時代の要請がそうさせたとも言える。
アンビエントは何より都市の時代の音楽である。
サウンドスケープ概念の提唱者として知られるR・マリー・シェーファーは、『世界の調律 サウンドスケープとはなにか』(原著1977年、邦訳1986年)において、現代の(とりわけ都市の)サウンドスケープの経験をジェスチュアとテクスチュアという対比的な概念を使って説明している。ざっくりといえば前者は一つひとつの音、後者はその音の群れである。
「われわれは何も探していないのにそれを見出す。特に何も聴いていないのに、突如としてざわめきの中からある音が浮かび上がって図となる。このいわば「非焦点的」聴取のようなものが、過去の時代に存在しなかったというわけではないだろう。しかし、それを助長するような状況が産業革命以後のサウンドスケープのテクスチュアに多くなったことは確かである」
『世界の調律 サウンドスケープとはなにか』鳥越けい子・小川博司・庄野素子・田中直子・若尾裕訳、平凡社、pp.228-229
複合的なサウンドが織りなすテクスチュアの中に聴取者の関心の焦点いかんで恣意的に図と地が立ち上がっていく「非焦点的」な聴取の経験は、アンビエントを聴くこととよく似ている。そのような経験は、フィールドレコーディングやドローンを聴くプロセスにしばしば埋め込まれている。そのとき私たちは近代的な都市生活に根づいた知覚体験を再演している、と言うことができる。
アンビエントは都市の音楽であり、テクスチュアの音楽である。
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