岡野玲子『両国花錦闘士』はなぜ舞台化されたのか。相撲と演劇に共通する祝祭性
岡野玲子の相撲漫画『両国花錦闘士(りょうごくおしゃれりきし)』が原嘉孝(ジャニーズJr.)主演で舞台化され、2020年12月に東京・明治座で公演がスタートし、この1月には大阪・新歌舞伎座(1月5日〜13日)と福岡・博多座(1月17日〜28日)で上演される。
なぜ今、『両国花錦闘士』は舞台化されたのか。演劇に造詣の深いライター・木俣冬が、“祝祭”をキーワードにして本公演の魅力に迫る。
なぜ土俵が神聖なのか、そこで行われる相撲の目的とは?
岡野玲子のマンガの舞台化『両国花錦闘士』は2020年の暮れに東京・明治座で上演され、2021年、明けて早々、大阪、福岡を回る。
筆者は明治座で観た。劇場に入る前は、この作品に振りかかったさまざまなアクシデントが頭をよぎった。まず、コロナ禍によって通常の稽古や公演がしづらい状況にあること。それから、主演俳優・伊藤健太郎の降板で、急遽、原嘉孝(ジャニーズJr.)が代役に大抜擢されたこと……。
だが制作者たちはショウ・マスト・ゴー・オンの精神で上演を決断した。
力強く明るく幕が開いた途端、前述したややマイナスなバイアスは、一気に吹っ飛んだ。デーモン閣下が作詞したラテン系のテーマ曲を歌い踊る祭りのように賑やかなオープニングからそのままずっと3時間(休憩時間込み)、『両国花錦闘士』は観る者の頭や心に凝り固まってはがれないあらゆる先入観を、相撲のワザで言えば、うっちゃった(外に投げ飛ばす)。
主人公は痩身筋肉質のソップ型の人気力士・昇龍(原)。見た目も育ちもスマート。そのライバルは、苦労人でぽっちゃりした、あんこ型力士・雪乃童(大鶴佐助)。ふたりはビジュアルや生い立ちがまるで違っていた。あるとき昇龍は、彼の魅力に目をつけた芸能プロの社長・渡部桜子(りょう)の寵愛を受け、ぐんぐん能力が伸び、試合に勝っていく。
女性は土俵に上がってはいけないという歴然としたジェンダー差別がある相撲の世界を舞台にして、女性が男性を選んで育てる話を描くという冴えた趣向は、最近、生まれたものではない。原作漫画は1989年、バブルまっさかりのころに誕生した。復刻版の単行本のインタビューを読むと、岡野玲子は、エッチなマンガ最盛期の青年誌で連載するにあたり、「『新しいエッチ漫画がはじまった!』と思ってよく見たら、『おすもうさんだった』という、お茶目なリベンジをしてみたかったんです」と語っている。
とはいえ『両国花錦闘士』は単にジェンダーレスの時代にぴったりの、男女の視点を逆にしてみたという物語ではない。昇龍、雪乃童、タイプの違う力士のライバル関係。相撲に興味がなく野球が好きだった編集者・橋谷淳子(大原櫻子)。相撲部屋の娘に生まれながら、太った人が大嫌いな紗耶香(加藤梨里香)、昇龍のコンプレックスを刺激するインテリの兄・清史(木村了)たちをはじめ、女将さん(紺野美沙子)や相撲部屋の人たち、相撲雑誌『ズンズンお相撲さん』編集部の人たちなどが入り混じった群像劇を、相撲ファンの心もくすぐるものとして描いている。
岡野は相撲を曲解したともインタビューで答えている。確かに、“お茶目なリベンジ”というだけあって、登場人物の描き方はユーモアに満ちている。そうは言ってももちろん徹底的に取材をしているであろう、その知見とあふれる想像力で徐々に紐解かれていく相撲の歴史は、相撲と女性の思いがけない関係性に辿り着く。なぜ土俵が神聖であるのか、そこで行われる相撲の目的とは何か。それがわかると『両国花錦闘士』を演劇にした必然性も見えてくる。
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