バラエティの30年史から、2020年代の「テレビの笑い」を考える【前編】

2020.2.28

有吉・マツコのブレイク、戦国時代から共生の時代へ

「一発屋」が量産されたことで、“一発屋の元祖”のような形で注目を浴びることになったのが元・猿岩石の有吉弘行だ。彼は「一発屋」の生き方やテレビでの振る舞い方を毒舌を交えて講義する批評芸で一目を置かれているうちに2007年、『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』(テレビ朝日)で品川庄司・品川祐を「おしゃべりクソ野郎」と形容した、いわゆる「おしゃクソ事変」で再ブレイク。毒舌あだ名芸で一世を風靡すると、ほどよいタイミングであだ名芸を“封印”し、その後、10年代の主役のひとりになっていった。マツコ・デラックスがブレイクし、何度目かの「オネエブーム」が到来したのもこのころだ。

有吉再ブレイクのきっかけとなった『アメトーーク!』を筆頭にテレビ朝日の存在感が大きくなっていったのも00年代に欠かせない要素だろう。90年代半ばに始まった「ネオバラ」枠は、ロンドンブーツ1号2号やココリコ、タカアンドトシなどにいち早く冠番組を持たせ、彼らをMCクラスに引き上げ、いつしか、23時台が「芸人たちのゴールデンタイム」と呼ばれるようになった。また、テレビ朝日からは、『内村プロデュース』(00年~)、『虎の門』(01年~)、『銭形金太郎』(02年~)などで数多くの芸人たちがネタ以外の部分を鍛えられテレビの第一線に躍り出ていった。80~90年代、テレビのお笑いスターを生み出すのは主にフジテレビだったが、00年代は、テレビ朝日が担うようになったのだ。

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これらの番組、特に『内P』では、芸人たちの仲の良さが全面に押し出されるようになった。芸人たちがワチャワチャと楽しんでいる様を描き、「楽しい」という価値を引き上げた。また『アメトーーク!』の成功は、いわゆる「ひな壇バラエティ」を一般化させ(もちろん『アメトーーク!』以前にもひな壇を使ったトークバラエティはあったが)、多くのバラエティ番組で採用されるフォーマットになっていった。共通の特徴や趣味を持った人たちを集める「くくりトーク」などで芸人たちのチームプレーがより重視されるようになった。誰かひとりが天下を獲ることを目指す戦国時代から共生の時代へと変わっていったのだ。

『リンカーン』(05年~、TBS)が始まり、ダウンタウンがいわゆる“ダウンタウン・ファミリー”以外の芸人たちと積極的に絡み出し、吉本だけではなく芸人界全体を連帯したリーダーとしての責任を背負った言動をし始めたのも見逃せないところだ。

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。

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