前科者がいる社会において、私たちはどうあるべきか
筆者の職業は、ライターだ。だからこれを書いている。忌まわしい過去の経験から得た何かしらについて、いつか書かねばならないと思っていた。いまだに怒りはあるが、自分がした経験に対する捉え方が変わってきたのだ。これは、年齢を重ねたことや自分を取り巻く環境の変化、さまざまな人生経験に加え、やはりライターになったというのが大きい。特別な先入観に囚われず、なるだけ物事を公平な視点で見ようと心がけているからだと思う。
とはいえこれは、過去の一件に対する姿勢を自ら変えようとしたものではない。現在の自分が置かれている環境における、無意識的な変化だ。特定の物事に対し、ライターとして俯瞰的な視座から、あるいはいろいろな角度から見られるようになったから。そしてこれと同時に、今は自ら「変わりたい」「変わらなければ」という意識がある。
負の感情を持ちつづけるのは苦しいし、あの複雑で不条理な立場に置かれた経験があるからこそ、これを文筆活動にはポジティブに活かしたい。誰かの助けになるならば、そうしたい。当事者ではない人間が、文章/言葉で誰かを断罪するようなことがあってはならないと、いつも思っている。
前科者がいる社会において、私たちはどうあるべきか──。
“被害者になった経験があること”、“親類に加害者側に寄り添う人間がいたこと”、“ライターであること”という3つの立場にある筆者が『前科者』を観て思うのは、「変わるべきは罪を犯した者でなく周囲の者たちなのかもしれない」ということだ。劇中で阿川は「法律や福祉では助けられない。それが現実」と口にする。だからこそ彼女は、「保護司である私を頼ってほしい」「苦しいとちゃんと叫んでほしい」のだと前科者たちに対して願っている。
ひとりの前科者がいるとして、罪状にもよるが多くの場合、被害者が存在する。加害者と被害者の関係においては被害者側が弱い立場に当然あるが、前科者が社会に戻れば、彼らもまた弱者になることは避けられない。本気で更生すべく努力する人々ばかりなのだと信じたいし、工藤のように思いがけず罪を犯してしまった者もいるだろう。このような者たちに手を差し伸べるのが、保護司という存在なのだ。
疑いの目を持つと、見えなくなってしまうものがある。阿川が前科者たちに向ける眼差しは、温かでまっすぐだ。他者から与えられる温かさによって、変わる者だってあるのだろうし、そう信じたい。まず変わるべきなのは、周囲のほうなのではないだろうか。
筆者が、遭遇した事件に関わった者たちを許すことは絶対にない。身体にできた傷はいつか消えるかもしれないが、心の傷はいつまでも消えないのだ。けれども、筆者は当時の彼らを取り巻いていた環境や事情を知らないし、あれからどのような人生を送っているのかも知らない。阿川や筆者の祖母のような、温かく寄り添ってくれる誰かに巡り合っていることを祈るばかりだ。
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映画『前科者』
2022年1月28日(金)全国ロードショー
監督・脚本・編集:岸善幸
原作:「前科者」(原作/香川まさひと・月島冬二「前科者」 小学館「ビッグコミックオリジナル」連載)
出演:有村架純、磯村勇斗、若葉竜也、マキタスポーツ、石橋静河、北村有起哉、宇野祥平、リリー・フランキー、木村多江、森田剛
配給:日活・WOWOW
(c)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会関連リンク
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