東出昌大論──「異物」から「他者」へ。東出昌大、破格の存在感は、ついに近景と遠景の境界線を無効化した。


観る者を戦慄させる【近景】と【遠景】の転倒

黒沢清というフィルターを通過させると、東出昌大の特異性は、ほかの監督作品に出演しているときも明瞭になる。

濱口竜介監督の『寝ても覚めても』では、2役を演じたが、対照的な2人の男を、見事に演じ分けながら、そこに奇妙な【同一性】も垣間見せるような、底なしの魅惑を奏でた。完全に謎の風来坊と、しっかり地に足のついた青年とが、互いを侵食し合うような、危険な【合わせ鏡】状態で乱反射していた。ヒロインにとって前者は【遠い】スタア。後者は【近い】一般人。前者の唐突な帰還によって、遠近感を喪失し、躍動的な奈落へと突き進むヒロインの、逆説的なモチベーション足り得ていた。

映画『寝ても覚めても』90秒予告

沖田修一監督の『おらおらでひとりいぐも』では、健全な魅力にあふれた市井の男性を演じつつも、彼が、今は年老いたヒロインの脳内にあるイメージとしての夫であることによって、輝きがむしろ【自閉】するかのような、特殊な情緒を垣間見せた。ヒロインの妄想の可能性も非常に高い【記憶】のありようが、東出昌大の無限大のポテンシャルに忍び寄ったとも言える。あくまでも、明るく、爽やかなのだが、だからこそ【不明】な吸引力がそこにあった。

映画『おらおらでひとりいぐも』予告

久しぶりの主演作となる『草の響き』は、斎藤久志監督作品。これまでも名作の数々を世に送り出してきた佐藤泰志原作=函館ロケによるプロジェクトの第5弾だが、うっかりするとそうした背景を忘れてしまうほど、東出昌大の【響き】が濃密で圧倒される。

「草の響き」本予告編

彼はここで、人間ならざる者を演じているわけではない。精神を病み、医師に勧められるまま、函館の町を走り始めた男の【心のランニング】を追いかける。

おおよそ、映画的とは言いがたい設定を、斎藤久志は、主人公の妻の心象や、すれ違う若者たちの群像を導入することで、スクリーンに息づかせる。そのありようと態度には、何が文学で、何が映画か、という答えをあからさまにしていると言えるかもしれない。

東出昌大が扮する工藤和雄の妻・工藤純子役を奈緒が、親友・佐久間研二役を大東駿介が好演している
林裕太、三根有葵、Kayaが演じる、主人公とすれ違う函館の若者たち

しかし。

そうしたことなど、やはり、どうでもよくなってしまうことを、正直に告白しておかなければなるまい。

極めて人間的な、どうしようもなく人間的な、傷みと欠落を抱える主人公は、近づこうとすればするほど、私たちが近づこうとすればするほど、フォーカスから外れ、焦点が合わなくなる。

これまでの、たとえば、黒沢清作品における東出昌大は、ただひたすら【遠景】として屹立していた。無論、東出は【近景】としての人物も演じてきた。普通の人間らしいキャラクターをチャーミングに体現できるのも、彼の重要な技量だ。『寝ても覚めても』や『おらおらでひとりいぐも』での仕事は、【近景】の複雑なアレンジヴァージョンだった。

だが、『草の響き』における東出昌大は、【近景】のはずなのに【遠景】でしかなかったとの気づきで、観る者を戦慄させる。

近寄りがたい、のではなく、近づきたくなる、いや、確かに近づいていて、そばにいるのに、遠ざかっている。人物に対するまなざしが行方不明になり、私たちの視覚は迷子になる。

これは、映像の成せる業ではない。
【近景】と【遠景】を転倒させ、転覆させる俳優の表現によるものだ。
【他者】の内面とは、何か。

そこは真空なのか。それとも、風が吹いているのか。みっちり詰まっているのか。伽藍堂(がらんどう)なのか。

私たちは、東出昌大を前にして、途方に暮れている。

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  • 映画『草の響き』

    2021年10月8日(金)より新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町/渋谷ほか全国順次公開
    監督:斎藤久志
    原作:佐藤泰志「草の響き」(『きみの鳥はうたえる』所収/河出文庫刊)
    脚本:加瀬仁美
    出演:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、三根有葵、室井滋
    配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス
    (c)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

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