子供を理解しているつもりで自らの価値観を押しつけてしまう
岩井 僕はこもっていた4年の間に外に出る挑戦をして、3回目になんとかたまたまうまくいって今に至るみたいな感じなので、それがうまくいってなかった可能性だってあった。自分は50歳手前で、今うちにいるのは母だけなんで、まさに「8050問題」(80代の親が50代の子供の生活を支えるという問題。ひきこもりという言葉が社会に出始めるようになった1980年代~90年代から約30年が経ち、当時こもっていた若者が40代から50代、その親が70代から80代となり、長期高齢化。こうした親子が社会的に孤立し、生活が立ち行かなくなる深刻なケースが目立ち始めている)になってたんだなと。まったく他人事じゃない。
池上さんの著書『ルポ「8050問題」』の中で、ひきこもり状態の当事者の方が「うちにひきこもりはいません」と言っているという例がありました。「ひきこもり」という言葉についているいろいろなレッテルが、本人に現状を受け止めさせないようにさせている。
池上 親の世代の価値観、特に団塊の世代前後の価値観というのも影響しますよね。親のしつけとか甘やかしが原因だ、子供がそうなるのは親の責任だ、とまわりからも責められるし自分でもそう思い込み、つい子供を責めてしまう。まさに元農水事務次官の事件(2019年6月1日、当時76歳の元農水事務次官の父親が自宅で当時44歳の長男を刺殺した事件)なんかはそれが象徴的に表れたケースだと思います。
ひきこもった息子が「家の恥」であるという意識のなかで、周囲に相談もできず、助けてもらおうとも思わず、自分だけで解決しようと煮詰まり、あのような悲劇になってしまった。裁判の記録を見る限り、「息子がゴミの清掃が苦手」という話が何度も出てくる。掃除ができないことを責めつづけた。掃除ができないのは発達障害のひとつの特性です。そういうもともと持っている、それぞれの個性を理解することができなかった。なんでそんなこともできないんだと、できないことを責めてしまった。
岩井 それで、息子の側もキレちゃったということなんですかね。親からすると子供に当然のことを言ってるだけなのに、なぜか殴ってきたという解釈になっている。やっぱり見え方が全然違いますよね。いくつかの報道では、ただ癇癪を起こして暴れちゃう子供だったから閉じ込めていたということが書かれていました。
池上 いわゆる世間の「常識」からすれば、一見「それは親が正しいよね」となってしまうけど、裁判の記録を読んでいくと子供の苦しみみたいなものが理解されないまま事が進んでいることがわかります。親なりの考えがあって、子供の相談に乗ろうとは思わなかったのでしょう。ただ、本人の心情や特性を理解している第三者が間に入っていれば、全然違った展開になっていたと思います。「お子さんはこういうことをとても怖がっているから、むしろこういうところを褒めてあげるといいですよ」とか、接し方のアドバイスもできたはずです。私も同じようなケースの親御さんからの相談はたくさん受けています。
岩井 僕もまったく掃除できなくて。それに、うちで掃除できなかったのが僕だけじゃなかったというか、僕より母のほうがより掃除ができなかったんですね(笑)。なおかつ、「掃除しろ」とキレる父に対して「私は炊事と掃除ができないの!」と叫び返せる母だった。もしそうじゃなかったら、僕は父からドン詰めされつづけていたと思います。本当に、全然他人事じゃない。つくづく運だったと思うんですよね。社会に適応できたかどうかって、運ですよね?
池上 そうですね。岩井さんは、味方が家族の中にいたということもとても大きかったと思います。まわりが全部敵となってしまうと、どんどん追い詰められて重症化しトラブルになるパターンは多いんです。誰かしら必ず味方になってあげてくださいということはいつもアドバイスしています。
岩井 確かに母にまで外に出ろ出ろと言われてたら、本当に潰れていた気がします。
池上 それはすごくお母さんに救われた部分だったかもしれないですね。
岩井 ただ、母と話していて思ったのは、親は子供のひきこもりを自分のせいにしちゃうんですね。自分の育て方が悪かったのか。自分は子供に何を与えなかったのか。与え過ぎてしまったのか。そういう思いが子供に伝わってしまう。それによってさらに悪い甘え方をしてしまい、本当に“親のせい”と思い込んじゃう可能性が高いと思います。
親はまじめな人ほど自分の責任だと思っちゃうから、子供に対して「ごめんね」って感じで接するんだけど、母がいつもすまなそうにしていたことは、僕にとってすごく苛立つ要素だった。今考ればしょうがないとも思えるんだけど。あのときの状態を今冷静に振り返ると、こもっているのは親のせいなんだと、親に依存していたんだと思います。子供が親のせいにすることが、自立しづらい環境を生んでいた気がするんですよね。
池上 親は子供を理解しているつもりでも、自分の価値観を押しつけてプレッシャーをかけてしまうこともあります。「それをやると追い詰めることになりますよ」といくら説明してもなかなか直らない。
岩井 「そろそろ外に出たい気持ちになった?」みたいな、ただ優しい口調でプレッシャーをかけるみたいな(笑)。
池上 たとえば「働け」などと絶対に言わないようにじっと我慢していると、子供のほうも「なんかうちの親、変わってきたな」と思って、だんだん一緒にテレビを観られるようになる。テレビのニュースについての話ができるようになってよかったと思っているころ、テレビが終わって席を立つときなんかに「ところで、いつ働きに行くの?」と。
岩井 ああ、言っちゃった。
池上 結局言っちゃって、またシャッターが下りる。ああ、なんにも変わってないんだって。
岩井 そういう瞬間は本当に視界が暗くなりますよね。
池上 でもすごくあるある話で、本当に繰り返しちゃうんですよね。わかっていてもつい言ってしまう。これも当事者側から聞いた話なんですけど、父親が何も言わなくなって一緒にテレビが観られるようになってリオオリンピックを観ていたそうなんです。「父親、変わったな」と思っていたら、「お前がオリンピックに出場していたら俺も応援に行ったのになあ」と。
岩井 それはなかなか飛び抜け過ぎてますね(笑)。
池上 そういう感じなんです。心の傷の本質がわかっていないというんですかね。
岩井 僕の場合、母から社会側の目線で責められなかったってだけでも、心を殺されずにすんだという思いはすごくありますね。そんな母がいたということも運ですし、僕が外に出たことは運でしかなかった気がする。今出たいけど出られないと思ってる方に、あなたの責任だけでそうなっているわけではないということは、知っておいてほしいなって思います。
■岩井秀人「ひきこもり入門」第5回後編「親と子にとっての幸せとは何か」は、3月28日配信予定
-
岩井秀人 最新情報
企画・進行・演出を手がける『いきなり本読み!』TV版がWOWOWにて2021年5月よりスタート
また、2018年にフランスで上演した『ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編』が映像配信中
関連リンク
-
【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)
作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。
関連記事
-
-
天才コント師、最強ツッコミ…芸人たちが“究極の問い”に答える「理想の相方とは?」<『最強新コンビ決定戦 THE ゴールデンコンビ』特集>
Amazon Original『最強新コンビ決定戦 THEゴールデンコンビ』:PR -
「みんなで歌うとは?」大西亜玖璃と林鼓子が考える『ニジガク』のテーマと、『完結編 第1章』を観て感じたこと
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
「まさか自分がその一員になるなんて」鬼頭明里と田中ちえ美が明かす『ラブライブ!シリーズ』への憧れと、ニジガク『完結編』への今の想い
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
歌い手・吉乃が“否定”したかった言葉、「主導権は私にある」と語る理由
吉乃「ODD NUMBER」「なに笑ろとんねん」:PR