自分を守ってくれている大きな傘から出ること
ひきこもりから出て、モロッコへ向かった。ジュヌビリエでの作品『ワレワレのモロモロ』に出てくれたアブダラーさんが、モロッコに遊びに来いと言ってくれていたのだ。
僕は地方や海外などへ行った際、いつもその土地で車を運転したくなる。モロッコでも運転したいと思っていたが、アブダラーさんが運転してどこにでも連れて行ってくれたのでその機会がなかった。
「自分で運転してみたいから車を貸してほしい」
アブダラーさんにそう尋ねた。しかし、「何言ってんの?」と笑い、取り合ってくれない。自分でレンタカーを借りようかと思ったが、アブダラー家から遥か遠い空港でしか借りられないので難しい。
それでも「運転したいんじゃ!」という欲望がなかなか消えず、再びアブダラーさんに頼み込んでみると「じゃあ今運転してみな」としぶしぶ了解してくれた。「ひとりで練習したい」と頼んだが、アブダラーさんの家族らが乗った状態で運転してみろと言う。
他人の命を預かった状態で、さらにはその車がマニュアル。かなり癖のあるクラッチ。20年以上運転していないマニュアル車を、さらに何人かに見つめられながら走らせるという高いハードルに緊張する。そんな僕を、アブダラーさんが助手席でニヤニヤしながら見ている。アブダラーさん、普段は超いい人なのに。
結局2、3回エンストしたところで、アブダラーさんが「ほらな」みたいに呆れているし、ほかの人も「秀人、やっちまったな」という表情でこっちを見るともなく見ているので、諦めるほかなくなる。
その後、笑顔のアブダラーさんの運転でレストランに行くも、フラストレーションは溜まりつづけ、夜は夜であまりにも悔しくて眠れず、「このまま日本に帰ったら絶対に後悔する」そう思って、翌朝ひとりでタクシーに乗って空港に向かった。
「今混んでるから貸し出せない」「どんな車でもいいから!」とレンタカー屋の店主とお互いカタコトの英語でやりとりをし、最終的に軽自動車を1週間7万円で借りた。モロッコの物価は日本の半分くらいだから、確実にぼったくりである。しかも出てきたのは「7万円出したら買えるんじゃねえの!? 」と思うようなボロ車だったけど、とにかく車を手に入れたのだ。
これもまたマニュアル車で癖も強く、空港の駐車場で何回もエンストしながら練習をした。30分くらいつづけていたらようやくコツがつかめてきて、スムーズに乗れるようになってきた。そうして、いよいよ空港の外に出る。
最初の交差点で、アブダラーさんの家とは真逆のほうへ思い切りハンドルを切った。何もない砂漠の景色が広がる。スピードを上げてひたすら走る。ひたすら何もない荒野と、その向こうに巨大な山並みが見えてきたとき、思わず「見たかー!!」と叫んでいた。もちろん誰も見ていないのはわかっている。でもそのとき、自分の手で自分自身の領域を広げ、自分自身の手で目の前に広がる砂漠の景色を手に入れたんだと感じた。
その瞬間、事務所を辞め独立することを決めた。それまでは、自分を守ってくれている大きな傘から出ることを怖がっていた。事務所のこともそうだし、この運転もそうだ。アブダラーさんに運転してもらうことになんら不満はないが、なぜか、自分でそれをやってみたいという欲望。彼らに理解されない、自分でもなんなのかよくわからない欲望を信じてひとりで飛び出してみたら、こんなに大きな喜びと、「自分自身」のようなものが手に入ったのだ。それなら仕事でもなんでも、自分の意思と自分の手でやってみたほうがいいと思った。
今考えると、ひきこもり期の反動で社会性が上がり過ぎていたようにも思える。とにかく何か新しい商売を始めようという気分になって、モロッコ名物のアルガンオイルを輸入して売ろうかなとか考えていた。調べたところ化粧品の販売は免許等のハードルが高くて諦めたが。
こうしてモロッコで大復活を遂げた僕は、事務所を10月に辞め、同じ月に自分の会社を立ち上げることになった。
自分自身で決断して新たな場所に進んだことが、いい選択だったことは間違いない。思えば10代のひきこもりのときも、自ら「出よう」と決めてようやく出ることができたのだ。そしてそれは誰かに言われたわけでも、無理に出ようとしたわけではなく、ただ、その時が来たのだ。
10代の頃、僕はなぜひきこもり、どうやって外に出たのか。ここからは、そのことを話そうと思う。
■岩井秀人「ひきこもり入門」【第2回】は2020年6月中旬配信予定
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岩井秀人 最新情報
岩井が代表を務める「WARE」では、これまでのイベントやハイバイ過去公演の映像を配信中。
ラインナップは今後、続々と発表予定! 最新の情報はHPから。
また、微妙にリスナーが増えつつある自主ラジオ『ワレワレのモロラジ』もnoteで不定期更新中。関連リンク
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【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)
作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。
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