新連載 岩井秀人「ひきこもり入門」【第1回後編】出たくなるときを待つしかない



演劇ではなく、人生をやっている

とはいえひきこもりの最中も、今後のことを考えなかったわけではない。ゲームの合間には、YouTubeもよく観ていた。自己啓発的なものもよく観ていた。社会に参加していない時期はより強く、彼らの言葉がフラットに入ってくるし、勇気づけられる。心に残った言葉をメモったりもしていた。そのあとに会社を設立する際にも役立っている。

当時、所属していた事務所と自分のやりたいことの方向性が合わなくなっているのを感じていた。その事務所は演劇業界の中での僕のポジショニングをすごく考えて動いてくれる会社だった。

僕もある時期までは所属する事務所と同じ考え方だったし、自分の体験をモチーフにしながら作品を作っていることや、ひきこもり当事者として発信することに、演劇界で自分の立ち位置を確立するための計算も少しはあった。

だけど、それがこのころには少しずつ変わってきていた。自分は本当に社会や演劇に誠実に向き合えているのかがわからなくなり、限界を感じるようになったのだ。

僕は演劇ではなく、人生そのものを扱っていると思っている。

父が死に、自分にとっての最大のモチーフがこの世からなくなってからは新作を書くつもりがなかったし、その父の役を自分で演じたことで「自分の人生を描く」という作・演出・出演を同時にやっていくという活動もひと区切りした感があった。そして、自分が自分の人生を扱って演劇にしてきたように、誰かの人生を舞台にした『ワレワレのモロモロ』をつづけていきたいと思った。

でも、この考え方は所属していた事務所とは異なるものだった。事務所は事務所なりの明確なビジョンがあって、素晴らしい創作の環境を整えてくれたし、いろんなことを教えてくれた。自分の人生を早送りしてくれた恩人として感謝している。

でも僕は、これまでと同じ目標には興味が持てなくなっていたし、演劇界の中だけでつづけていくことにうしろめたさも感じていた。

外へ出るきっかけを作った体の異変

そうしてゲームをしながら時々自分のことを考える日々を過ごして、3カ月が経っていた。ゲームの難易度はどんどん上がり、異常なほど倒せない敵が現れたりして、気づけばゲームをやりたいからやるんじゃなくて、「やらなきゃ今までの時間が無駄になる」と思い込むようになっていた。

パソコンに向かってゲームをしているとき、どんどん姿勢が崩れて椅子からずり落ちていく。あんまりずり落ちるので片脚をテーブルの上に乗せて、その脚の隙間から手を伸ばしマウスを握る。はたから見ればヨガか何かの謎な姿勢でゲームをしていた。

その姿勢で何時間も過ごしていたせいで、集中して腹部に負荷がかかっていたのだろう。ゲームをつづけていたあるとき、「ぷりっ」という体感があり、お尻のあたりに違和感が走った。確かめてみると、「お尻の中」から、「お尻の中」が出てきていた。ちょっとした脱肛である。

「時は来た」自分の肛門を感じながらそう思った。実際、ゲームも全然進まなくなってきて、「社会に出るつらさ」より「ゲームをするつらさ」が優っていた。最後のひと押しを待っている状態だったのだ。それが肛門に訪れたことに気づけたことこそが、ひきこもり有段者の実力と言える。

こうして僕は、再び外に出ることになった。

自分を守ってくれている大きな傘から出ること


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岩井秀人

(いわい・ひでと)作家・演出家・俳優・劇団ハイバイ主宰2003年ハイバイ結成。2012年NHK BSドラマ『生むと生まれるそれからのこと』で第30回向田邦子賞、2013年舞台『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞受賞。近年は、パルコ・プロデュース『世界は一人』の作・演出、フランスジュヌビリエ国立劇場『ワ..

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