K-POPの「カムバ(カムバック)」から考える“アイドルの働き過ぎ”問題。心身を守るために必要なこと

アイドル現代学

文=竹中夏海 編集=高橋千里


最新のニュースから現代のアイドル事情を考える。振付師・竹中夏海氏がアイドル時事を分析する本連載。今回はK-POPアイドルの「カムバックシステム」を切り口に、日本と韓国のアイドル活動の違いについて。


日本のアイドルにはない“カムバ”という線引き

「次回のテーマは『カムバックシステム』でどうでしょうか?」──担当編集者にそう提案いただいて、K-POPアイドルの“カムバ(カムバック)”について書くことになった。

とはいえ私もそこまで韓国のアイドル事情には明るくない。そこで、教え子でもあり8年近くK-POPアイドルのオタクでもある、アップアップガールズ(2)のメンバー・森永新菜に取材しながら記事を進めることにした。現役アイドルの彼女なら、日本と韓国のアイドル文化の違いをよくわかっているはず。

そもそも私の知っているカムバックとは、K-POPアイドルがオフシーズン(準備期間)からオンに切り替えて、再びプロモーション期間に戻ってくるタイミングのこと。

ティザー映像(新曲発売前に10〜30秒ほど公開される予告映像)が投下され、いざカムバすれば音楽番組やラジオ、サイン会などのイベントまでスケジュールがいっぱいになる。メンバーはもちろん、応援するファンも多忙を極めるお祭り期間というイメージだ。

準備期間のオフシーズンも、完全な休日ということではなく、次の新曲の準備やパフォーマンスの修正、髪色を大胆にチェンジさせるなどメンテナンスにあてられる。物理的には休めていなかったとしても、ひと息つくタイミングがあって人目からいったん距離を置けるこのシステムは、アイドルのメンタルケアになるのでは、と前々から興味があった。

BTS(방탄소년단)『Permission to Dance』@ UNGA | SDG Moment 2021(Extended ver.)

一方、日本のアイドルにはここまではっきりとした線引きはない。もちろん新曲リリースのタイミングでプロモーション活動は増えるものの、最新曲が出るまでは、その前に出した曲が実質の新曲扱いとなる。

プロモーション終了時には「グッバイステージ」なるものが用意され、「この楽曲のプロモーション期間はここまで」という終わりが見える韓国に対し、日本はフェードアウトするのが一般的。

と、ここまでが私の予備知識である。では、リアルタイムでK-POPアイドルを推しながら自身もジャパニーズアイドルとして活動する森永は、カムバックシステムについてどのような私見を持つのだろう。

現役アイドルが語る。日本と韓国、アイドル文化の違いとは?

森永新菜
森永新菜(もりなが・にいな) 2019年3月よりアップアップガールズ(2)の3期メンバーに合格し加入。特技は韓国語とダンス。2020ミス・インターナショナル日本代表選出大会にてWEBジェニック賞を受賞。K-POPアイドルはEXOから入り、現在はkep1erの坂本舞白とヒュニンバヒエ推し

竹中夏海(以下:竹中) 新菜ちゃんは、韓国アイドル界のようにオン/オフシーズンで活動形態を分けることについてはどう思ってる?

森永新菜(以下:森永) まずファンの目線から言うと、カムバック期間はメディア露出も増えますし、お祭りのような感じです。

ただ、今はそれ以外の時期でも、YouTubeでオリジナルバラエティ番組の配信や、『V LIVE』(日本でいうところの『SHOWROOM』のようなコンテンツ)で生配信をしてくれたりするので、実質オフシーズンではないかな、と思います。

竹中 なるほど。私の抱いてたカムバックのイメージからはずいぶん変わってきてるんだね。SNSや映像コンテンツが増えたことで、常に露出するようになったんだ。

森永 はい。そういう手段が利用されていなかった時代は、新曲を出してテレビ出演などしない限りメディア露出がなかったので、そのころに使われ始めた「カムバック」という言葉だけが今でも名残りで使われてる感じなのかな、と思っています。

竹中 そうか、ツイッターもインスタグラムもここ10年くらいで普及したものだしね。

森永 私がK-POPアイドルのオタクを始めた中学1年生(2014年)のころには、いろんなコンテンツがあったので、オン/オフシーズンと分けて活動するのはすでに難しくなっていた、という印象です。

竹中 でも、建前として一応「グッバイステージ」は今も存在する?

森永 メンバーたちがSNSに「今回の活動の最後のステージはどうでしたか?」と投稿したり、サイン会の告知に「ラストサイン会」と書いてあったりするのを見て、ファンは(プロモーション期間の終わりを)察する、というパターンが多いですかね。

竹中 なるほど、銘打つ感じではなくなってきてるのかな。

森永 あとカムバック期間は1カ月くらい、長くて2カ月ほどなので、それもファンが察する基準にはなっていますね。

アップアップガールズ(2)
昨年末にはZepp Tokyoでのワンマンライブを成功させたアップアップガールズ(2)

竹中 では今度はアイドルとして、日本と韓国の活動内容の違いは感じますか?

森永 韓国にも、CDを買ったファンを対象に抽選で当たる対面サイン会などがあります。コロナ禍ではテレビ電話サイン会なんかもできるようになって、活動内容は私たちがしているリリースイベントと近いなと感じますね。

竹中 日本と韓国のアイドル文化って別物と捉えられがちだけど、違うのは表現の部分だけなのかもしれないね。ファンと交流できるツールが豊富になったことで、活動の共通点はむしろ増えてるのかな。

森永 はい。私たちも新曲リリースの際にそれを「カムバック」と言い張れば成立してしまうかも、というくらいには大差がない気もします。

竹中 確かに、もはや「カムバ」という言葉があるかないか、だけみたいになってるんだね。

Kep1er(케플러)『WA DA DA』M/V

森永 ただ、韓国でも日本でもグループによって活動内容の差はもちろんありますが、カムバック期のK-POPアイドルの忙しさはちょっと尋常じゃない気はします。

この時期は週5〜6回音楽番組の収録があり、そのほとんどのインタビュー部分は生放送です。パフォーマンス部分は事前収録で、それが朝6時から行われることもザラにあって。アイドルたちはその前からメイクやリハがありますし、ファンもその観覧列に朝4時ごろから並んだりするんです。

さらに、音楽番組の空き時間にバラエティ収録、生放送終了後にサイン会などを行って。日によっては夜までレッスンやレコーディングが入ることもあるそうなので、カムバック期間は本当に寝る暇もないイメージです。

竹中 それは確かに過酷……。その後のオフシーズンも実質休む間がないとのことだったけど、BTSがまとまった休暇を取って、アイドルファン以外の間でも話題になってたよね。彼らは特例?

森永 いえ、ほかのグループも休みはちゃんと取っているイメージです。正直カムバのあとに必ず休めているのかというと、そこはアイドル側が発信しない限りファンは知る由もないのですが……。

でも、チュソク(お盆)連休やツアー完走後の数日が休みなことはあるみたいですね。SMエンターテインメント(東方神起、BoA、少女時代などが所属する韓国の大手芸能事務所)では社員旅行などもあるようです。


加速する“アイドルの働き過ぎ”問題

カムバック期には多忙を極めるものの、年に数回まとまった休みが取れるK-POPアイドル。一方、忙しさにそこまでの波はないものの、常に稼働していることが多い日本のアイドル。

休暇を取る文化が定着していない日本のアイドル界では、「休めても直前にしかオフのスケジュールがわからず、予定が立てられない」という意見をよく耳にする。学生と兼業の場合は、このスケジュールに学業が加わるのだから、想像しただけで気が遠くなる。

“アイドルの働き過ぎ”についてはファンからもたびたび心配の声が上がっている。情報発信ツールが膨大にある今の時代にこそ、旧態依然とした「カムバックシステム」が実はアイドルの心身を守るのではないだろうか。

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竹中夏海

日本女子体育大学ダンス学科卒業後、2009年に振付師としてデビュー。その後、さまざまなアーティスト、広告、番組にて振付を担当。コメンテーターとして番組出演、書籍も出版。著書『アイドル保健体育』 (CDジャーナルムック)は「令和の保健体育の教科書」としても注目されている。

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