『真田丸』から『鎌倉殿の13人』へ
こうして各ジャンルで中世を取り上げた作品が目立つのは、この時代の研究が近年、著しく進んでいるからでもあるのだろう。事実、三谷幸喜が2016年に手がけた大河ドラマ『真田丸』では、最近の関東戦国史の研究成果が大いに反映されていた。
三谷は根っからの歴史ファンとあって、歴史観を重視するタイプの作家である。『真田丸』では平山優・黒田基樹・丸島和洋という若手・中堅研究者が時代考証を担当した。彼らはそのオファーを受けた際、主人公の名前を人口に膾炙(かいしゃ)した真田「幸村」ではなく「信繁」とする決意を告げられたという。「幸村」は江戸時代の講談などに登場する名前で、同時代の史料には確認できないためだ(安田清人『時代劇の「嘘」と演出」』洋泉社歴史新書)。ただ、堺雅人演じる信繁はドラマの終盤、大坂の陣で豊臣方につき徳川家康と戦うに際し、「幸村」と名乗った。その瞬間、信繁は史実を超えて伝説上の存在となったと思わせ、観ていて興奮したのを思い出す。
『麒麟がくる』につづき来週2月14日から始まる大河ドラマは、幕末から昭和を生きた実業家の渋沢栄一が主人公の『青天を衝け』(大森美香作)だが、来年、2022年には再び三谷幸喜が登板し、鎌倉幕府第2代執権となる北条泰時を中心に同幕府を描く『鎌倉殿の13人』が控える。すでに主要キャストと合わせて時代考証を坂井孝一・呉座勇一・木下竜馬と3人の研究者が担当することも発表されている。このうち坂井と呉座はそれぞれ『承久の乱』『応仁の乱』という一般向けの著書を中公新書から刊行し、話題を呼んだ。
『麒麟がくる』がそうであったように、大河ドラマでは史実をベースにしながらもフィクションが盛り込まれることも少なくない。しかし、ここ最近、歴史学者がむしろ積極的にドラマの制作に参加している印象がある。そこには、影響力の大きい大河ドラマを通じて、俗説の誤りなどをできるだけ正したいという思惑もあるのかもしれない。前出の呉座勇一は昨年刊行した共著の中で、歴史学の最新成果を無視した「俗流歴史本」や「歴史修正主義」を跋扈させないためにも、歴史学者はアカデミズムの外に出て、批判相手と同じ土俵に上がるべきだと主張していた(前川一郎編著・倉橋耕平・呉座勇一・辻田真佐憲『教養としての歴史問題』東洋経済新報社)。
他方で、最近では歴史学者にも、正確な史料に基づいて論じるだけでなく、物語を書く能力が求められつつあるようだ。近現代史研究の重鎮である筒井清忠は、昭和の指導者たちの評伝を集めた編著のまえがきで、《今日専門家の歴史叙述が一般の人を遠ざけていることのひとつの原因は人間が書けていないことにあるのだろう》として、《歴史研究者がストーリーテリングの能力を身につけていることは当然の要件であり、歴史の研究者は実は誰よりも物語を主軸にする小説や映画などからストーリーテリングの能力を学んでおかなければいけない》と研究者の心構えを説いている(『昭和史講義3 リーダーを通して見る戦争への道』ちくま新書)。
在野の近現代史研究者である辻田真佐憲も、研究者たちが史実の厳密さを重視するあまり、一般の人たちを遠ざけ、歴史修正主義的な本などへと追いやってしまわないためにも、気軽に読め、それでいて良質な「大まかな見取り図」が必要だと主張する(『教養としての歴史問題』)。
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