「グリコ・森永事件」の恐怖はコロナ禍に接続する。『罪の声』『レディ・ジョーカー』『突破者』…事件とメディアの激闘史

2020.11.11
近藤サムネ

文=近藤正高 編集=アライユキコ 


大ヒット上映中『罪の声』のモデルとなった昭和屈指の未解決事件。作品中では実名を伏せられているが、1984年、大企業を脅迫した「劇場型犯罪」の卑劣さに迫っていた。「グリコ・森永事件」を忘れてはならない。ノンフィクションライター・近藤正高が、難事件と格闘したノンフィクション、フィクションを徹底ガイドする。


得体の知れない相手に世の中がおびえた

今年、新型コロナウイルスの感染拡大で世の中は一変した。とりわけ子供たちは、しばらく学校も休みとなり、家で過ごすことを余儀なくされ、この世には時に得体の知れないものにより、それまでなじんでいた生活や風景がガラリと変わってしまうということを、生まれて初めて知ったのではないだろうか。

人によって、そのことを知るのは、災害だったり戦争やテロだったりするのだろう。私と同世代、今の40代には、グリコ・森永事件がそうだったという人も少なくないはずだ。1984年、私が小学1〜2年のときに起こったこの事件では、犯人グループが菓子メーカーである江崎グリコ、さらに森永製菓に対し製品に毒物を入れると脅迫したあげく、実際に毒入りの菓子を各地の店舗に置く犯行に及んだ。このため、全国のスーパーなどからは両社の菓子が撤去される。不幸中の幸いで、毒入りの菓子を口にして死者が出ることこそなかったとはいえ、得体の知れない相手に世の中がおびえたという点で、コロナ禍の現状との共通性を感じてしまう。

先ごろ映画化された長編ミステリー『罪の声』(2016年)の著者・塩田武士も、1979年生まれと、私とほぼ同世代だ。作中では被害企業の名称こそ変えられているものの、事件の経緯をほぼ忠実になぞりながら犯人像を浮かび上がらせ、ノンフィクションを読んでいるかのような錯覚すら抱かせる。

『罪の声』塩田武士/講談社
『罪の声』塩田武士/講談社

塩田は学生時代にグリコ・森永事件関連の本を読んでいたところ、犯行グループが要求した現金の受け取りの指示を与える電話で、複数の子供の声をテープに吹き込んで使っていたことを知り、衝撃を受けたという。そのうち一番年下の子供は、自分とほぼ同年代だっただけに、その後彼がどんな人生を歩んでいるのか、想像を掻き立てられた。それ以来、この事件を小説に書こうと思い、そのために社会経験を積もうと新聞記者となり、作家デビュー後も6年をかけてようやく『罪の声』を著したのだった。

塩田が大学に入った90年代後半といえば、ちょうどグリコ・森永事件に関する書籍が相次いで出版された時期にあたる。

宮崎学『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年』、一橋文哉『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』といった事件関連のノンフィクションが相次いで刊行されたのは、1996年のことだ。翌1997年には、高村薫が事件に着想を得た長編小説『レディ・ジョーカー』が、週刊誌での連載終了後に単行本化されてベストセラーとなる。

『レディ・ジョーカー』<上巻>高村薫/新潮社
『レディ・ジョーカー』<上巻>高村薫/新潮社
『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』一橋文哉/新潮社
『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』一橋文哉/新潮社

事件概要1「キツネ目の男」と遭遇

事件は、1984年3月18日、江崎グリコ社長・江崎勝久が兵庫県西宮市の自宅から誘拐されたことに始まる。犯行グループは脅迫状で10億円と金塊100キロという法外な身代金を要求し、グリコ側は実際にそれを用意した。だが、犯人からは受け渡し場所を電話で指定されたあと連絡が途絶える。江崎社長は21日、監禁されていた大阪府茨木市の水防倉庫から自力で脱出、保護された。

だが、これはまだ事件の序曲に過ぎなかった。その後も犯人はグリコを執拗に脅迫し、4月10日には大阪市内のグリコ本社とグリコ栄養食品が連続して放火される事件も起こる。12日、警察庁は一連の事件を広域重要114号事件に指定した。やがて「かい人21面相」を名乗るようになった犯人グループは、5月10日にマスコミに届けた挑戦状で、グリコ製品に青酸ソーダを入れたとほのめかす。これにより店頭からグリコの商品が次々と撤去された。

その後、犯人は6月26日着の挑戦状で「グリコ ゆるしたる」と突如としてグリコに対する脅迫の終結を宣言。だが、これと前後して今度は丸大食品を標的に据え、その後も森永製菓やハウス食品工業など食品関連会社ばかりを脅しては金品を要求しつづけた。9月から10月にかけて、森永に対し青酸入りの菓子をばら撒くとの脅迫状が相次いで届き、実際に大阪など各地の店舗で青酸の入った森永の菓子が見つかる。

この間、警察が犯人を逮捕するチャンスは少なくとも3度あった。1度目は1984年6月2日、グリコに対し犯人が現金3億円を要求、受け渡し場所に大阪府摂津市内の焼肉店を指定したときだ。このとき店の前に現れ、用意された現金輸送車に乗り込んだ男性を、周辺で待機していた大阪府警の捜査班が追尾して確保する。だが、男性は、付近で交際相手の女性と一緒にいたところを犯行グループに襲われ、女性を人質に取られた上、現金の運び役を任された替え玉にすぎなかった。彼が現金受け取り後は犯人と淀川の堤防沿いで待ち合わせる予定だったとわかると、捜査員のひとりが現場に向かう。その途中で、犯人が乗っていたと思しき不審車を発見し、追いかけるも信号待ちで逃げられてしまったという。

2度目のチャンスは6月28日、丸大食品の脅迫事件で、犯人からの指示どおり5千万円を用意し、同社常務になりすまして現金を持参した捜査員を含む捜査班が国鉄(現・JR)高槻駅(大阪府高槻市)から京都行きの電車に乗り込んだときだ。電車内では、いわゆる「キツネ目の男」と遭遇。男は京都に到着すると、現金持参の捜査員をしばらくつけ回した。だが、警察の上層部の捜査方針はあくまで犯行グループの一網打尽だったため、捜査班は男を呼び止めて職務質問することはできず、そのまま京都駅で彼の姿を見失った。

事件概要2「なつまでに ごついこと やったるで」

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近藤正高

(こんどう・まさたか)1976年、愛知県生まれ。ライター。高校卒業後の1995年から2年間、創刊間もない『QJ』で編集アシスタントを務める。1997年よりフリー。現在は雑誌のほか『cakes』『エキレビ!』『文春オンライン』などWEB媒体で多数執筆している。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけ..

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