事件を題材としたフィクション
これとは逆に、事件を題材としたフィクションも、先に挙げた『レディ・ジョーカー』や『罪の声』をはじめとしていくつか発表されている。芥川賞作家・赤染晶子の短編『WANTED!! かい人21面相』(2011年)では、京都の小さな町で事件当時、主人公の少女が同級生の親友に誘われるがままに「かい人21面相」を探したところ、ふたりしてキツネ目の男を目撃する。その後、彼女たちは高校でバトン部に所属、顧問の教師がキツネ目の男に似ていると気づいたことから物語が展開していく。後半では『罪の声』とも共通するモチーフが登場する。
今年の谷崎潤一郎賞を受賞した磯崎憲一郎の長編小説『日本蒙昧前史』(2020年)も、戦後日本の一時代を描くにあたり、グリコ・森永事件のあらましから書き出されている。しかし、ここまで挙げた以外に、あの事件を取り上げたフィクションとなると、私の調べた限り、ほぼ見つからない(ほかにご存じの方がいればぜひ教えていただきたいが)。映像作品にいたっては、『レディ・ジョーカー』の映画版(平山秀幸監督、2004年)とWOWOWのドラマ版(2013年)、そして『罪の声』の映画版ぐらいしかないのではないか。これ以外となると、フィクションではないが、2011年に放送されたNHKスペシャルの『未解決事件』シリーズの第1弾で、ドラマとドキュメンタリーの双方から事件の経緯と真相に迫った例が挙げられるぐらいだ。
社会に大きな影響を及ぼした事件でありながら、同じく未解決に終わった下山事件(1949年)や三億円事件(1968年)などと比べると圧倒的に作品数が少ないのは、いったいどういうわけだろう? いくつもの事件が重なり、背後にも複雑な人間関係を窺わせるだけに、作品化するにもなまじ手を出せないというのはあるかもしれない。下手なフィクションより、現実の事件の展開のほうが遥かにおもしろいから、という見方もできよう。しかしそれ以上にネックは、企業に対する脅迫事件だということにあるのではないか。
事実、『レディ・ジョーカー』の映画化に際しては、スポンサー問題が大きな壁として立ちはだかった。何しろ、作中ではビール会社の社長が誘拐され、犯人はビールに異物を混入する。そんな設定でビール会社の協力が得られるか。資金面でも、ビール会社のCMを扱う広告代理店の参加は困難に思われ、民放はCM減収を恐れてこの企画を敬遠したという(『サンデー毎日』2004年12月12日号)。結局、原作者の高村薫には映像化の許可を、1995年に小説の雑誌連載が始まった直後にはすでに得ていたにもかかわらず、映画が公開に至ったのは2004年と、9年もの歳月がかかった。
小説『罪の声』にしても、先述したとおり、脅迫された企業名はすべて別の名前に変えられている。それも、被害企業は脅迫が世間に明るみになって以来、大きくイメージを傷つけられてきたのだから、致し方のないことではあるのだろう。
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