優秀さは育児の産物と主張
アメリカのジャーナリストのデイヴィッド・プロッツは、ノーベル賞受賞者精子バンクについて大勢の関係者に取材し、著書『ノーベル賞受賞者の精子バンク 天才の遺伝子は天才を生んだか』(酒井泰介訳、ハヤカワ文庫)でその虚飾を暴いてみせた。プロッツはこの精子バンクから生まれた217人のうち30人と知り合っている。成長した子供たちは、全体的には平均以上とはいえ、ずば抜けて優秀な者もいれば、平均以下の学業不振に悩む子供もおり、個人差が大きかったという。その中のひとり、ドロン・ブレイクは、2歳でコンピューターを操り、5歳で『ハムレット』を読むIQ180の天才児としてマスコミでも騒がれた。しかし18歳になったブレイクは、プロッツから取材を受けた際、自分の優秀さは育児の産物だったと考えていると明かし、次のように語った。
高いIQを持っているという事実は、別に僕を善人にも幸せにもしませんでした。人はいつも僕に素晴らしい業績を期待しますが、そんなものは実現しませんでした。(中略)知性が人格をつくるのではないと思います。それを生むのは、愛情ある家庭で愛情ある両親が、子供に重圧を与えずに育てることです。別にIQが一八〇ではなく一〇〇だったとしても、僕は同じようにやってこられたでしょう。血筋で優れた人間をつくれるとは思いませんね
『ノーベル賞受賞者の精子バンク 天才の遺伝子は天才を生んだか』デイヴィッド・プロッツ 著、酒井泰介 訳 /早川書房
長じて自分の遺伝上の父親であるドナーの正体を知らされたブレイクだが、《僕は血を分けた相手よりも、そうではない人たちにずっと親しみを感じて》いるとして、まったくドナーに関心を示さなかったという。彼は、会ったこともない父親よりも、たとえ血のつながりはなくても近くにいる人たちを家族とみなし、愛していたのだ。
リベラル優生学を唱える分子生物学者、リー・シルヴァーは、将来的に人類は、カネがあるため遺伝子レベルで子供を改良できる「ジーンリッチ」と、資力がない、あるいは思想的に改良を望まない親から生まれる「ナチュラル」に二分化する可能性もあると予見した(『人がヒトをデザインする』小坂洋右)。だが、経済格差は、遺伝子改良をめぐる二分化以前に、学ぶ機会を与えられる者とそうでない者という教育格差を生んでいることは、すでに日本でも問題になっている。結局、優秀な人間をより多く作りたいのであれば、まずは教育の格差を是正し、子供たちが各々才能を伸ばせるものを見つける機会を増やしていくほうが、遺伝子の改良よりもずっと早道なのではないだろうか。おそらく大谷翔平も藤井聡太も芦田愛菜も、そして野田洋次郎も、そうした機会に恵まれたからこそ、才能を伸ばすことができたはずなのだから。
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