自分が正義で相手が悪と信じる人はどこまでも残忍になれる(荻原魚雷)

2020.5.7


他県ナンバーの車に石を投げる人たちは無許可の特高、憲兵みたいなものだ

戦時中、パーマをかけた女性や電車の中で外国の本を読んでいる学生に対し、「非国民」と糾弾する日本人がいた。

山本夏彦著『「豆朝日新聞」始末』(文春文庫)に「特高は死なず憲兵は死なず」というコラムがある。

山本夏彦『「豆朝日新聞」始末』文春文庫

特高は特別高等警察の略――昭和のはじめに左翼運動を弾圧するためにつくられた。憲兵は軍隊内の秩序を守るのが任務だった。

山本夏彦は特高がプロレタリア作家の小林多喜二を拷問死させた事件について「相手は国賊だから何をしても許される、良心はいたまない。それなら自分も犯人、刑事犯と同じだということに気づかない」と述べている。

当時、小林多喜二は高円寺に暮らしていた。

憲兵の取り締まりも同様である。

戦前は思想犯の容疑ならたいていの学生にかけることが出来た

山本夏彦は何度となくコラムで正義の怖さを綴ってきた。自分が正義で相手が悪と信じる人はどこまでも残忍になれるからだ。

他県ナンバーの車に石を投げる人たちは無許可の特高、憲兵みたいなものだ。

地域によっては新型コロナに感染するより、村八分になることの恐怖、被害のほうが大きい。

町や村の正義の自警団たちはあっという間に感染者の名前や職場を突きとめ、家族や親戚を追いつめてゆく。

相手は国賊だから何をしても許される

以上、山本夏彦『「豆朝日新聞」始末』文春文庫

そのうち「自粛警察」の被害が拡大すれば、それを取り締まる「自粛憲兵」が現れるだろう。それはそれで嫌な世の中だ。

懐疑と自省なき正義ほど厄介なものはない。




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