少子高齢化も、地方の人口流出も止まらないのはなぜか。(荻原魚雷)

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文=荻原魚雷/イラスト=山川直人
編集=森山裕之


デビュー作『古本暮らし』以来、古本や身のまわりの生活について等身大の言葉を綴り、多くの読者を魅了しつづける文筆家・荻原魚雷。高円寺の部屋から、酒場から、街から、世界を読む「半隠居遅報」。作家・古山高麗雄の1974年の人口問題についての文章から、現在の少子高齢化と地方の人口流出について考える。少子化と不景気に因果関係はあるのか。人口流出がつづいている地方では何が起こっているのか。

秋田県と少子高齢化の未来

1974年7月、サンケイ新聞の夕刊に「こどもは二人まで」という作家の古山高麗雄のコラムが掲載された(『立見席の客』1975年、講談社に収録)。

日本人口会議は「日本が人口問題で深刻な影響を受け始めていることを確認、“こどもは二人まで”という国民的合意をめざした努力をすべきである」と宣言した。

当時この意見は新聞や雑誌で大きく取り上げられた。「私は、そういうことは、宣言というかたちで言われるべきものではないと思う」と古山氏は日本人口会議に疑問を投げかけているのだが、おそらくその声は多くの人には届かなかったにちがいない。

今の人はピンとこないかもしれないが、“こどもは二人まで”と提唱された時代は日本も世界も今よりもずっと不安定だった。前年にオイルショックが起きているし、ベトナム戦争もまだ終結していなかった。

このまま日本の人口が増えつづければ、食糧危機やエネルギー危機に直面したときに対処できない。そうした背景もあり、46年前の日本では「人口抑制策」を提言する団体があったわけだ。

未来予測はいつだってむずかしい。

今おもえば1973年の合計特殊出生率は2.14。この数字は理想に近かった。

しかし1974年を境に出生率は下り坂に入り、15年後の1989年、バブルの最盛期で1.57になっている。

少子化と景気はまったく関係ないと断言する気はないが、すくなくともデータを見るかぎり、それ以外の要因を検討したほうがよさそうだ。

人口問題といえば、少子化もそうだが、地方の人口流出も深刻である。

ここ数年、誰に頼まれたわけでもないが、わたしは秋田県のことを調べている。秋田県は何年か連続で人口減少のワースト1位を記録。65歳以上の高齢化率もワースト1位である。2030年には秋田県は65歳以上の「高齢化率40%」を超えるという予想もある。といっても、遅かれ早かれ、他の都道府県もその数字に近づくわけだが。

秋田県の人口減少の最大の理由は若者の都市圏への流出である。子どもを産み育てていく20代から30代の世代がどんどん他都道府県に転居し、そのままその土地で生活する。

秋田県にかぎった話ではないが、学生のころ都会の大学に進学し、卒業後地元に帰って就職しないのは仕事がないからだ。それに高齢化の進んだ地域は若者の立場が弱い。いわゆるシルバー民主主義の弊害も地方の人口減少と無関係ではない。

人口減少の進んでいる地域は若者に厳しい――と断言はできないが、おおむねそのとおりだろう。

企業を誘致し、雇用の受け皿を作れば人口減が解消するという考えは甘い。仮に20代30代の税金を軽減するような自治体があったとしても、それに釣られて移住する人はそんなに多くないだろう。

若者を引き寄せるのは安定よりも自由と多様性だからだ。

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