迷惑系芸人?相席スタート山添「親が悲しんでます」大活躍の舞台裏と本音

2022.4.12


ものまねから始まったお笑い芸人の道

相席スタート・山添寛

──ケイさんが結婚してから、関係性やネタ作りの方法などは変わりましたか?

あまり変わらないと思ってたんですけど、確かにできひんネタは増えましたね。関係性は変わったのかな? 変わったことでいうと、ケイさんはそれまでは妬みとか嫉みとか負のパワーをメッセージという名のボケにして笑いを取っていく人やったんですよ。それはケイさんが本当に思ってることだからおもしろかったんですけど、今の旦那とお付き合いを始めて、結婚ってなってからすごく優しくなったんですよ。僕的には相方返してくれとは思ってますね(笑)。

──すごく遡るんですけど、そもそも学生時代はカラーギャングだったって言われてますけど、そこからどのようにお笑い芸人を志したんですか?

いや、これ誤解ですよ! 本当にカラーギャングやってたわけないじゃないですか(笑)。当時、ヒップホップが好きでそういう格好をしてたら、地元が同じミキのふたりが「カラーギャングだった」って言い出して、まるで、僕が青ギャン(グ)のチームに入ってたかのような噂が轟いてるだけの話。そういう流れから憶測するとスラム街出身で音楽に出会ってそのままラッパーになるのかと思いきや「お笑い」みたいな感じに見えますけど、もともとずっと芸人になりたかったんですよ。

──お笑い芸人になりたいと思ったのはいつごろから?

幼稚園の年少さんのときの将来の夢がガンダムで、その次が芸人でした。今田耕司さんに憧れてましたね。

──実際に芸人になりたいと思ったきっかけは?

これはもう勘違いから始まったんですけど、僕は兄ふたり、弟ひとりの男4人兄弟だったんですけど、一番上の兄が6個上、 2番目が3つ上だったんです。幼稚園ぐらいのときに当時やってた『(ダウンタウンの)ごっつええ感じ』(フジテレビ)のまねごとをして上の兄ふたりが笑ってたんですよ。俺、こんな年齢で同い年の友達やったらまだしも、こんな年の離れた兄貴まで笑かしてるって天才やと思って、この人たちみたいになれるぞって思ったのがスタートです。ただ、まねをしてただけなんですけどね。

──ご自身で考える課題はありますか。

フルスイングですね。ゲストで呼んでいただいたときにヒットを狙いに行くような芸人にはならないって。

ケイさんの新婚ムードが終わったらやりたいこと

相席スタート・山添寛

──それぞれピンでの活動が増えてますけども、コンビで今後やってみたいことは?

各々がせっかく別の仕事をさせてもらっているから、ラジオとかかな。1週間の中でそれぞれが体験したことを話せるようなラジオ番組を。でも今すぐにじゃなくてもいいかも。ケイさんが新婚のウキウキ状態が終わって旦那の不満がいろいろ出だしたくらいの時期にやりたいですね(笑)。

──山添さん個人としては?

ひとりロケとかはもっとやっていきたいですね。ひとりロケなら、こいつに任せるからこんなことになんねんって許してくれる人もいると思うんですよね。しかも必要なところは編集で切ってくださるので、それこそフルスイングで臨みやすい。

あとはやっぱり『山添展』のような自分が主催するライブは年1でもいいからやっていきたいですね。

――今回の『山添展』の見どころは?

全日本クズ連盟関東支部の代表でもある岡野(陽一)氏が参戦してくれるので、そこはやっぱワクワクしてますよね。胸を借りるつもりで。あの人は意外、というか皆さんご存じだと思うんですけど、さすがクズの代表、ネタを全然やりたくない人なんですね。その重い腰を上げさせて無理やりネタをさせるんでそこは観てほしいです。

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  • 『山添展』

    日時:2022年4月14日(木)配信開始/19:00 配信終了/20:30
    出演者:山﨑ケイ、インパルス板倉俊之、囲碁将棋、ジェラードン(かみちぃ・アタック西本)、岡野陽一、Aマッソ、北原里英、にゃんぞぬデジ、山添寛

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てれびのスキマ

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。

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