燃え殻が語る、フラッシュバック物語術「いつだって、思い出は途中から始まり、人間関係は途中で終わる」

2021.9.22

文=相田冬二 編集=森田真規


デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がNetflixで映画化されるなど、SNS時代のベストセラー作家として注目を集めている小説家・燃え殻。彼が原作を書き下ろした朗読劇『湯布院奇行』が、9月28、29、30日の3日間、新国立劇場で上演される(29日19時公演はライブ配信あり、10月6日23:59までアーカイブ)。

成田凌、黒木華、コムアイが競演を果たし、演出を務めるのは映画『花束みたいな恋をした』やドラマ『カルテット』(TBS)などで知られる土井裕泰。この上ない豪華なキャスト&スタッフがそろった『湯布院奇行』の発端を、燃え殻は「宛のない物語を書いてしまったのは、去年の夏のことでした」と記している。

『湯布院奇行』に込めた思い、さらに物語創作において重視していることなどを聞いた、“燃え殻論“ともいえるインタビューをお届けする。

燃え殻
(もえがら)1973年生まれ。小説家、エッセイスト、テレビ美術制作会社企画。2017年、小説家デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーとなり、2021年11月5日、Netflix映画として劇場公開&全世界配信予定。著書に『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』(共に扶桑社)、『相談の森』(ネコノス)がある。


土井裕泰とゴールデン街で出逢ってしまったような作品

「『クイック・ジャパン』の『混沌』みたいなものを見ながら僕も育ったんで。たとえば『渋谷系』みたいな文化の一方で、『つげ義春』にも行く。両方あるんです。今回、Netflixで映画化していただく『ボクたちはみんな大人になれなかった』って、そういう言い方をするなら、『渋谷系』だと思うんですよ。コインで言えば、表。その裏、みたいなものが確かに自分の中には流れているんです」

こちらが持参した雑誌『クイック・ジャパン』を手に取ると、燃え殻は語り出していた。雑談と地続きの温度感で、もうインタビューは始まっていた。それは、燃え殻による燃え殻のイントロダクションだった。

「そういうのがあったら、昔の僕だったら行ったな、みたいな」

──燃え殻さんの中にある「つげ義春」的なものが、今回の朗読劇『湯布院奇行』なんですね。

「僕の中にある『テアトル新宿』感というか。『ユーロスペース』感」

──「シネマライズ」じゃないぞ、と。

「シネマライズじゃないですね。今回のNetflixの映画はまさにシネマライズ感ハンパないと思いますけど。『湯布院奇行』は(同じ渋谷ミニシアターで言えば)ユーロスペースといいますか」

燃え殻原作による朗読劇『湯布院奇行』が、9月28、29、30日の3日間、計4回上演される。演出は土井裕泰、脚本は佐藤佐吉、主演は成田凌、共演は黒木華、歌唱でコムアイが参加するという実にリッチな布陣だ。

ライブ配信決定!成田凌&黒木華 朗読劇「湯布院奇行」予告<天国編>【9/28~9/30新国立劇場 中劇場】

これから綴られていくインタビューには固有名詞がいくつか登場するが、その説明はしない。今は便利な時代だ。気になったらネットか何かで調べてほしい。別に固有名詞の解説を参照しなくても読み進めることはじゅうぶんできると思う。固有名詞につまずくことなく、燃え殻のグルーヴに身を委ねてほしい。たとえ小沢健二を知らなくても、私たちは小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読むことができる。燃え殻の言葉とはそのようなものだ。解説は彼の言葉の妨げになる。

──燃え殻さんの作品って、読む人をちゃんとイメージできてる感じがするんです。

「なんか、つげ義春さんみたいにはなれないじゃないですか」

──はい、なれないですね。あんなふうに社会と隔絶して生きてみたいと思うけれど。

「なりたいけど。どこか、すぐ、なれるとか思ってしまうけど(笑)」

──それで失敗する(笑)。

「なれないですよ(笑)。『つげ義春日記』とか買って読んでたんですけど、会社、2、3日サボったら、つげ義春になれるかな、みたいに思ってもなれないから。なれないけど、いつかなるぞ。逆『IT社長』みたいな(笑)。同じように、いつか自分だって、つげ義春になれるんだと。今日はまじめに会社行くけども、見てろよ、いつか、きっと多摩川の河原に、みたいな」

──つげ義春になるってことは、IT社長になって時代の寵児になるようなことに匹敵しますよね。

「眩しさは同じです。どっちを目指す人が多いか?ってだけの話です。つげ義春を目指す人はあんまりいないし、つげさんもあの形態を目指してたかどうかわからない(笑)。致し方なくそうなった可能性が高いんですけど。いいなあって」

──ドロップアウトして、日常が迷宮化するみたいな。ああいう生活したいと思いますよね。

「思います。ちょっとエロティックでもあるじゃないですか。そういう自分の願望とか。ちょうどコロナで休職して、社会から逸脱してものを書いてますから、今。これ、自分が目指してたか、目指してなかったか、わかんないけど、近づいてはいるんです若干。そういう意味でも混沌としていて。怖いな。でもうれしいな。やっぱり怖いな。っていう、怖(コワ)多めで。『湯布院奇行』書きながら(自分の現在から)逃げてた、みたいな気がしますけど」

──『湯布院奇行』脚本を読ませていただいたんですが、自問自答に近い構成だなと。

「カルチャーの『燃料』が少ないもんで、自分の人生を振り返って、というのが一番ネタ元としてあるでんす。フラッシュバックして何かがあって、次の瞬間、また自分の人生のどこかにフラッシュバックして、みたいな感じで進めていくことが多いんですけど。そのほうがいいというより、致し方なくそうしている。

『湯布院奇行』には、つげ義春への憧れもあるけど、構成はどうしてもそうなってしまう。フラッシュバック感が出てしまう。そうやって、何度も何度も牛が反芻するみたいな感じでストーリーを展開していくことが自分は好きだし、そうせざるを得ない。それでやっと見えてくる。

(普段)映画観てても、これどういうことなんだろうな?って構成とか、すぐわかんなくなっちゃうんです。フラッシュバックしたり、同じセリフが何度か出てくると、自分の中でつじつまが合って、うれしいし楽しい。それを異様に(何度も)やっちゃうんです。小説でも。同じ言葉をまた違う場所で出すとか。また最後にもう1回出すとか。言葉が何度も鳴ってる感じが気持ちよくて」

──すごく音楽的ですよね。

「そうかもしれないです。自分でも全部理解してるか、してないか、微妙なんですけど。それよりも、いい音感で、いいメロディが鳴ってる、みたいなほうがノレるんです。楽しいにブーストがかかる。つじつまより、そっち優先」

──筋を追うより楽しいことって、いっぱいありますよね。

「あります。そういうのが好きなんです。鳴った!浴びた!もらった!ありがとう!みたいなのが。たとえば、途中寝ちゃっても、体験としていいものってあるじゃないですか。自分の場合はソフィア・コッポラの映画とかそうなんですけど。ちゃんと観てもおもしろいし、寝ながら観てもおもしろい。そういうものが、好きなんです。

そんな人間が書いた『湯布院奇行』を土井(裕泰)さんが演出する。『罪の声』は観てる人を誰も置いていかないな、と思った映画なんですよね。小学生だろうが、おじいちゃん、おばあちゃんだろうが置いていかない。プロ中のプロだなと。そういう人が『テアトル新宿』をやる。『TOHOシネマズ』みたいな人がやる」

──「テアトル新宿」と「TOHOシネマズ」の融合!

成田凌×燃え殻×土井裕泰 特別対談其の弍 朗読劇「湯布院奇行」

「どうなっちゃうんだろう、ぶっ壊れたらどうしよう(笑)。Netflixの映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、土井さんで言えば『花束みたいな恋をした』みたいなことかなって思ってますけど、きっと土井さんは変化球で返してきますよね。土井さんとのファーストコンタクトがこれでいいの?とは思いますが(笑)」

──いや、だからいいのだと思います。こっちサイド、つまり燃え殻さんの「裏面」を、土井裕泰がやる、っていうことに、すごく期待が高まっています。

「ダークサイド(笑)。まあ、異例尽くしです。土井さん、佐藤佐吉さんというプロの人たちが削ったり増やしたりしてくれるんで、僕はただそれが観たい。たぶん、土井さんも僕も、いつもと違うことをやっている。なぜか、土井さんとゴールデン街で出逢ってしまったような(笑)。それはそれでいい話だなと」

あのころの僕だったら観に行く


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相田冬二

(あいだ・とうじ)ライター、ノベライザー、映画批評家。2020年4月30日、Zoomトークイベント『相田冬二、映画×俳優を語る。』をスタート。国内の稀有な演じ手を毎回ひとりずつ取り上げ、縦横無尽に語っている。ジャズ的な即興による言葉のセッションは6時間以上に及ぶことも。2020年10月、著作『舞台上..

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