燃え殻が語る、フラッシュバック物語術「いつだって、思い出は途中から始まり、人間関係は途中で終わる」

2021.9.22

物語はちゃんと別れ過ぎ

朗読劇は、小説の演劇化、舞台化のバリエーションのひとつである。そこで想起するのは、燃え殻の小説には、舞台芸術の作法のひとつである「暗転」の要素が、いとも平然と紛れ込んでいることである。ふっと、蝋燭の火が消えるように、時空が消失し、別な場所と別な時間が現れる。その呼吸。

たとえば、『ボクたちはみんな大人になれなかった』には、こんな2行がある。

「ウソウソ」そういうと彼女がボクのポケットの中に手を突っ込んできた。
 七瀬からもらった小さな花束は、ずいぶんと元気をなくしていた。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻/新潮社

これは、主人公「ボク」が、彼女である「かおり」と初めてラブホテルに入る直前の情景だ。「七瀬」というのは「ボク」が以前働いていた工場の同僚で、「花束」は工場を辞めたときにもらったもの。かなりの時間差がある。高揚感と喪失。ときめきとさみしさ。それが隣り合わせにある。そのありようを「暗転」と呼んでみたくもなる。

「セットチェンジみたいに。それは僕がテレビのバックヤード中のバックヤードにいたから、ということもあるかもしれないけど、CMで切れていく感じがすごく好き。そういう感じでどんどん場面が変わっていく。で、次の場面になったら、最初からちゃんと物語をやってるんじゃなくて、全部の話が途中から途中から、途中から重なっていくほうが僕はリアルでノレるんです。

思い出すときって、人は途中から思い出しますよね。『こないだ』が『10年前』の人もいれば、『先週』の人もいる。(『こないだ』の共有は)友達関係にもよるじゃないですか。一回巻き戻って、また現時点に戻っているから、同じセリフが出てくる。でも、戻ってきたときは、読者も追体験してるし自分もしてる。もう一度同じ言葉を発しても、場面も違っているし、言ってる言葉の意味合いも変わっている。それをやるのが好き」

燃え殻 (c)ウートピ

──きっと、そういうギター奏法なんですよ。

「ああ、ギター奏法。なるほど。そういう運びが好きなんです。そこに乗ってる歌詞みたいなものは好きなフレーズであればいい」

──フレーズの響きは意識してますか。また、リフレインはどこから始めるかとか。

「動いてるものから始めるのはすごく好きで。カーテンが揺れていたり、音が小さく聴こえていたり、何も止まっていない。車の中で運転手がサイドミラーを直していて、カーラジオが鳴っている。外の景色がどんどん変わる。自分も何かをずっと考えてる。そういう『誰も止まっていない』感を表したい。時間が止まってない。動いてるからこそ、ちゃんとしたところから始まらない。無茶なところから始まるのは好きかもしれない」

──ときどき、ギュイーンと鳴ってますよね。トレモロみたいなときもあるし。もともとギターソロなんだけど、その中でもさらに「ギターソロ!」って感じのときもあるし。このフレーズは長めに弾いてるな、あ、ここはスパッと切り上げるんだ、とか、音楽のいい演奏聴いてるみたいな感じがします。

「ああ、そうだとうれしいです。全体として、音感は間違ってないからいいのでは?って感じで進むのが好き」

──いわゆる「転調」みたいなことはしませんよね。そこがオーディエンスに優しいなと思うんです。時空を飛ばすけど、基本的な「調子」は一定しています。「転調」みたいな手法もあるじゃないですか。

「個人的にはそうなるとノレなくなっちゃう。同じ音感の中でフェイクドキュメンタリーみたいなことをやっていきたい。境界線を何度も行ったり来たりする感じ」

──だからこそ、物語も記憶も、途中から始められる。考えてみると、なんでも物事は途中から始まってますよね。

「で、途中で終わる。『はじめまして』で始まって『今日でおしまいだね』で終わる人間関係なんてないじゃないですか。親だって、突然いなくなる。友達も『またね』で、ケンカとかしたわけじゃないんだけど、それっきり疎遠になることもある。『今日でおしまいだね』とか果たし状みたいなことないじゃないですか。仕事関係でも恋愛でも。日常の中に『さよなら』という言葉はレアな気がするんです。

なんとなくフェイドアウトしたい。でも、それが無理だから仕方なく爆破ボタンを押すってことはあると思いますが。基本筋としては、みんなフェイドアウト派……のはず、ですよね?(笑)。みんな、途中で去っていく。でも、物語になると突然、別れを告げ出す。ちゃんと別れ過ぎだと思うんです。物語というものの病理ですね」

──そう! なんだか、きちんと別れたがりますよね。フィクションは。

「そうしないと(客が)あれ?ってなっちゃうからなんでしょうけど。僕は、終わりがなんとなく滲んでるのが気分なんです。自分の行動も、本当にやりたいのかっていうと、よくわからない。仕事サボって青森に向かうと遠いんですよ。途中でもう行きたくないなと(笑)。飽きてる。でも、しょうがない、と仕事感が出てくる。宿も取っちゃったし、行くしかない。もはや仕事。なんの話だこれは」

成田凌×燃え殻 特別対談其の壱 朗読劇「湯布院奇行」

──人は、自分の思いつきに従順ではいられないですよね。そこまで単純ではないし、推移してるし、生きているから。

「自分がやってることからも、ふっとフェイドアウトしてしまいたくなる。それを大切にしましょう、と思うんです。ダメか(笑)」

──燃え殻さんは、人の「なりたい」も「なれなかった」も、同時に肯定している気がするんです。世間は「夢を持て」とか言うじゃないですか。でも、「夢は叶わなかった」ということも肯定できるといいなって。

「僕はまず、大学受験失敗したんですけど、でもその失敗した先で、友達もできたし、失敗してなかったらテレビのバックヤードの仕事もしてないですよ。『負の肯定』もしていかないと。(失敗したら)イヤなことしか起きないとかではなくて、そのことで出逢えた人もいるわけじゃないですか。経験できたこともある。失敗したとしても、成功したとしても、次のステージが必ずある。

『大学行かないバージョン』になったからといって、ずっと雨が降ってるわけじゃない。そのバージョンの新しい出逢いと経験が待っている。『大学入ったバージョン』とは違う曲が流れ始める。いいとか、悪いとかではなく、次のステージが来る。

夢が破れることは『挫折』というより『左折』なんじゃないか。ちょっと曲がったら、景色も変わるじゃないですか。実は、自分に向いた『いい景色』が広がるかもしれない。そこは光が降り注ぐ桃源郷じゃなくて、『ブレードランナー』みたいな世界かもしれない。でも『ブレードランナー』のほうがキラキラした世界より好きな人いますよね?」

──違う未来、新しい未来ですよね。

「それぞれの生息地があると思うんです。川に棲みたいか、海に棲みたいか。それなりに、自分のいい頃合いのところに落ち着くと思う。焦んなくていいんじゃないか。辿り着きますからそのうち。自分の誕生日だって、自分で選んだわけじゃないんですよね。(すべて)流れじゃないすか? 自分で選べることなんて、そんなにないですよ」

そして、燃え殻は言った。

「今を楽しめ、です」

成田凌×燃え殻×土井裕泰 特別対談其の参 朗読劇「湯布院奇行」

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