「悲愴感はいらない」入江悠が20代の若者たちと“健康的に明るい現場で”作り上げた『シュシュシュの娘』

2021.8.22


20代のスタッフたちと作り上げた「意外なほどみんな責任感が強かった」

──自分の代だけで映画を楽しんだら終わりでなく映画文化を次世代に手渡したいですか。

入江 伝えていきたいですね。ワークショップのときなどに若い俳優たちには、最低限、押さえておいたほうがいい映画や本の紹介や、名作と言われている作品のどこがおもしろいかは話しています。僕も上の世代から教わってきたことなんですよ。きっかけさえあれば映画の見方に気づくことができると思っています。

──今回の現場には若いスタッフがたくさん参加されています。

入江 撮影、照明、録音以外は初めましてのスタッフばかりでした。みんな20代の素人で、イチからすべて教えていくところからスタートしました。たとえば、小道具。古い和書を作る場合、和綴じにも種類があって、何を選択するかから始まり、綴る糸はどこで買うんだとか和紙はどうするんだとか、そういうところから議論が始まっていく。それが僕自身、楽しかったです。

プロの現場では業務が細分化されていて、僕も何も知らないままになってしまうこともあるんです。今回はプロの方にレクチャーもお願いして、僕も知らないノウハウを学ぶことができました。ベテランのスタッフも若い子が業界に入ってこない危機感を持っているんですよね。だから今回の経験を通して商業映画で働きたい人がいたら紹介もしています。

──映画やテレビドラマの現場は朝早く夜遅く休みもなく、つらくて途中でいなくなってしまう若い人もいると聞きますがそういうことはなかったですか。

入江 ベテランの人たちがやる仕事をいきなり任されて大変だったと思いますがみんながんばってくれました。時には挫折しかかったりもするけれど、そもそも今回はコロナ禍で休学になったりバイトも休みになったりしてやることがなくなった若者たちが一念発起して応募してきてくれて、その時点で勇気があるから、心折ることなく最後までがんばっていました。

もっとも埼玉の田舎で撮っているので逃げられなかったのかもしれないです。というのは冗談ですが、意外なほどみんな責任感が強くて驚きました。僕の学生時代よりみんなマジメだと感じました。

日本の撮影現場の食は貧しいのではないか

──撮影期間はどれくらいですか。

入江 1カ月間です。プロの現場だったら10日〜2週間くらいで撮るスケジュールを1カ月かけて撮りました。コロナがあったのでとりあえずちゃんと寝て飯を食って免疫を下げないことは意識しました。商業映画だと徹夜つづきで、そういうことが若者離れの原因になっているところもありますからとりあえずゆったり撮ろうと。1日3時間くらいしか撮っていない日もあります。

──巨匠の作品のようです。

入江 山田洋次さんかって感じですよね(笑)。

──それによって発見がありましたか。

入江 ぎゅっと凝縮してやることで集中力が高まるのかもしれないですね。翌日の打ち合わせもしっかりできるし、ラストのほうの激しいシーンのリハーサルにも時間をかけることができました。

この前、韓国で撮った『聖地X』がそういうスタイルだったんです。いわゆるハリウッドスタイルで。1日、何時間労働か決まっていて、その中で食事時間もしっかり確保されている。健康的で睡眠不足もないし現場が明るい。これはワールドスタンダードになっていくだろうなと感じました。

──食事もすごく充実していたそうですね。

入江 『ジョーカー・ゲーム』でインドネシア、『聖地X』で韓国に行って、本当に日本の現場の食は貧しいと感じました。向こうはちゃんと食べて会話することに価値を置いています。食事が人間としての最低限の生活の基礎であるみたいな考えがあります。

そうだよねと思いましたし、今回、スタッフが若いひとり暮らしの子が多かったので、せめていいものを食わしてやりたいと思いました。僕も助監督やっているとき、過酷な労働でご飯が冷たいとテンション下がりましたから(笑)。


悲壮感はいらない、好きでやっていることだから楽しく

撮影現場での入江悠

──クラファンで制作費を募ってそれで食事も充実したとか。クラファンというと寄付と引き換えにチケットやTシャツがリターンされるものが主ですが、「メシ奢ってやるよ券」「コーヒー奢ってやるよ券」という、寄付によってご飯やコーヒー代に使われることがわかるコースがあって。それだと寄付しがいもある。あれは誰が考えたんですか?

入江 それも20代のスタッフにどういうものがあったら楽しいかなと相談して考えました。コロナでみんな大変だったけど、作品作りは楽しいものなので、笑いながらやりたいなと思って。

宣伝活動にしてもそうで、悲壮感が出たらやだなあと。好きでやっていることだから楽しくやりたい。プロだったらそんなこと手間ばかりかかって効果ないよって言われることをあえてやるのもおもしろいと思っています。劇中出てくるちくわを使った料理のレシピの数々をホームページに載せたりしているんですよ。

──自主制作映画というと低予算なので不足な部分もありながら熱量だけは人一倍というイメージもありますが、隙のない撮影や編集でいい緊張感がありました。アクションシーンやナイトロケなど準備が大変そうなところもプロではないスタッフが多いにもかかわらずしっかりやっている印象です。

入江 スタッフ編成はお客さんには関係ないですから。問われるのは作品がおもしろいか、強度があるかです。「青春してるね」では終わらないように、妥協することなく、要求のレベルは下げず、厳しく言いました。僕自身も、久しぶりに編集も自分でやりました。自分で編集するのは10年ぶりだったのでソフトを買い直すところから始めて。

商業映画だといろんなスタッフに細分化されていることを自主だと全部自分でやるんで、その感覚を取り戻しながら作った感じです。いつもはプロのスタッフやプロデューサーがアドバイスをくれるけど、今回はそういうことがなく、基本ひとりでジャッジしないといけないから自分の力が試されます。しかもちょっと変な映画だから、その変化球がきちんと届けられるか緊張はありました。

全部自分で背負いたいと思うことがある


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木俣 冬

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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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