「怖い」と言われることへのモヤモヤ
『木霊』(榎の木)に書かれている言葉
「お~い。そこのひと。とまって。もどって。もどるところをうばわれたのなら。うばいかえすのそうすれば。あなたはきらきら。にくしみをあびてきらきら。まるでまなつのこもれびのよう。さあいって。いきなさい。たたかいなさい。あたまをあげて。さあ。いまにもかがやきだすそのてを。あちらへ。」
――はらださんが「私は怖くない」と思われたのはどうしてですか。
はらだ この作品を「得体の知れないものに話しかけられて、理解できない、何されるかわからない」と受け取ると、確かに怖さを感じると思うんですね。だけどよく読むと、「うばいかえす」とか「たたかいなさい」とか「ここはあんぜん」という言葉が入っている。鼓舞したり応援する優しい文章なんです。これを「怖い」と丸ごと遮断することで、何かを取りこぼしているような気がしてしまいます。
谷澤 「怖い」って判断しているようで距離を置くことですもんね。もう一歩先まで見たり聞いたりしてほしいなと思います。ちなみに「おーい」って書いたのは私なんです。プランの段階で仮に入れたものだったんですが、それを藤野さんが残したまま作品にしてくれたんです。
『木霊』(松の木)に書かれている言葉
「おーい。そこのひと。ここ。ここです。おいで。そこのあなた。あなたです。あなたはきらきら。あなたのかなしみできらきら。まるでまなつのこめんのよう。ああもうじゅうぶん。そうあなたです。さあにげておいで。にげてにげてにげてにげてにげておいで。ここへ。ここはしずか。ここはあんぜん。あなたはあんぜん。おいで。はやく。ここです。ここはしんみつ。さあ。そのかがやくてを。こちらへ。」
藤野 「おーい」ってすごくいいなと思いまして。怖さと親密さってつながっているところがありますけど、私は人じゃないものがそういうふうに親密に語ってくれたらいいなと思うんですよね。私の小説も怖いと言われがちなんですが、ホラーを書こうと思ったことはほとんどありません。逆に受け手としてはホラーが大好きで、日本のホラーって白い服を着た女の人の怨霊が圧倒的に多いことが気になっています。
見ていてひどいなと思うのは、たとえば『呪怨』の伽椰子や『リング』の貞子は血まみれで這っていたり、体がバキバキの状態だったり、髪もボサボサで、ひと目でひどい目に遭って逃げて来た状態であるのがわかるし、実際のバックグラウンドもそうなのに、それをみんながギャーギャー逃げて怖がること。助けに行こうよって思ってしまいます。
はらだ それで思い出したのが吉本新喜劇のテッパンのギャグです。未知やすえさん演じる女性が悪者に絡まれて連れ去られそうになる。すると、それまでは怯えて震えていた女性が急にキレて、乱暴な言葉遣いでスゴむ。ビビった悪者たちが降伏すると、女性はまたか弱いキャラに戻って「怖かった~」と言うんですが、皆が「怖いのあんたやがな」ってツッコんで、ズコーっとコケる。
でも、この女性は自分の身を守るために「怖い」状態になっているのに、まわりはそれをすっ飛ばして表層だけ見て笑っている。「怖い」と言うだけで、女性がなんで「怖い存在にさせられたのか」を考えない。
藤野さんの小説作品『ドレス』にも、登場人物や読者の方から「怖がられる」女性が登場しますよね。だけど彼女が「怖がられる」存在になるまで、実は彼女自身が加害される立場にあったことも多い。
谷澤 実は「怖い」っていう反応以外に「刺さる」って反応もあったんですよね。
はらだ 「怖い」って「自分が理解できない」と一緒の意味ですもんね。でも、今つらい状況にある人にはその部分が刺さるんじゃないかと思います。たとえば、誰でもいいから強大な力でこのつらい世界ごと壊してほしい、その力で自分をあと押ししてほしい、と思いながら見ると、全然怖くないし、ありがたいだろうなって思います。
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