狂乱のサイコホラー『アングスト/不安』を傑作たらしめた 「魔法のカメラワーク」

2020.7.4

1983年にオーストリアで公開、すぐに各国で上映禁止となった映画『アングスト/不安』が、この度、日本初上映。本作の撮影を担当したのが、ズビグニェフ・リプチンスキ。ミック・ジャガーやジョン・レノンなど数々のMVを手がけ、アカデミー短編アニメ賞も獲得した世界的な映像作家だ。

映画評論家の轟夕起夫さんが「ホラー映画マニアや好事家たちだけでなく、アート好きにもぜひ観てほしい」と語るリプチンスキの「魔法のカメラワーク」、その魅力とは。

※本記事は、2020年6月26日に発売された『クイック・ジャパン』vol.150掲載のコラムを転載したものです。


狂乱の傑作サイコ映画、本邦初公開

宣伝のメインビジュアルからして最高! あのムンクの『叫び』か、超名盤『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットをまず想起してみてほしい。名状しがたい男の顔が、グワ〜っとこちらに迫ってくるのである。そして傍らには「本物の《異常》が今、放たれる。後悔してももう遅い。」と物騒なコピーが。1983年にオーストリアで製作、公開されるや各国でも上映禁止となったヤバい映画『アングスト/不安』。実際の事件に基づいたもので、8年の刑期を終え、シャバに出た男がまたも凶行を繰り返すのだ。

原題はANGST(不安)、英題はFEAR(恐怖)で仏題がSCHIZOPHRENIA(統合失調症)と、この分裂ぶりが本作の本質をまさしく表している。心にトラウマを抱えた男は真性のサイコキラーでもあり、林の中を歩き回っているうちに辿り着いた屋敷へと侵入、一家全員を皆殺しにする。日本では劇場未公開であったが、1988年、『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』の邦題でビデオレンタル市場に。その異様な、しかし映画的に類似作のない「傑出したスタイル」は一部のディープなホラー好きには伝わったのだった。

さて今回の初上映、当然ながらホラー映画マニアや、タンジェリン・ドリームの初期メンバーで電子音楽のパイオニア、(劇中サントラを担当した)クラウス・シュルツェのファンなど、好事家たちはすでに熱狂しているが、そこにぜひ、アート好きも加わってもらいたい。

なぜならば撮影をポーランド出身の世界的な映像作家ズビグニェフ・リプチンスキが手がけているのだ。類似作のない「傑出したスタイル」と記したが、多くはドローン以上に浮遊し、また密着して主人公の内面を体感させる、彼の魔法のカメラワークによるものだと思う。リプチンスキといえばミック・ジャガー(『レッツ・ワーク』)ほか、監督した数々のМVでも知られ、奇天烈な創意工夫が目を引くものばかり。アカデミー賞短編アニメ映画賞の『タンゴ』(81)や、BGMがジョン・レノンの名曲、カメラが左から右へと移動し、扉を開けていくたびに人物が成長してゆく『イマジン』(87)もそう。どちらも「窓」が重要なモチーフなのだが、『アングスト/不安』でも男は窓ガラスを破って侵入する。つまり、リプチンスキの経歴においてもコアな一作だということ。

現在まで「映画はこの一作品のみ」という監督ジェラルド・カーグルの力量は相当なものであるが、撮影+脚本と編集にも携わった“狂った才能”の持ち主、リプチンスキの貢献度もまた絶大なのである!


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  • 『アングスト/不安』

    7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

    監督:ジェラルド・カーグル 
    撮影・編集:ズビグニェフ・リプチンスキ
    音楽:クラウス・シュルツ
    出演:アーウィン・レダー、シルヴィア・ラベンレイター

    配給:アンプラグド
    (c)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

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  • 『クイック・ジャパン』vol.150 表紙

    『クイック・ジャパン』vol.150

    定価:1,100円(税別)
    サイズ:A5/152ページ
    発売日:6月26日(金)より順次発売

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轟 夕起夫

(とどろき・ゆきお)1963年東京都生まれ。映画評論家。近著(編著・執筆協力)に、『好き勝手 夏木陽介 スタアの時代』(講談社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワーブックス)、『寅さん語録』(ぴあ)、『冒険監督 塚本晋也』(ぱる出版)など。読む映画館 todorokiyukio...

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