こだまの新刊『いまだ、おしまいの地』で、帯のコメントを書いた酒井若菜。普段は無口で、言いたいことは書くというふたりが、地方に住むこだまの1泊弾丸上京により初会合を果たした。
「こだまさん、思っていたとおりの方ですね。目がすっごいきれい」「え、ウソ。今日猫アレルギーで、目がすっごい真っ赤なんですよ」「黒目の話です(笑)」。会えた喜びを噛みしめつつ、ふたりは堰を切ったように「書くこと」について話し出した。

酒井若菜
(さかい・わかな)1980年生まれ。女優、作家。10月11日にWEBマガジン『&Q』を創刊、毎週日曜の夜に配信中。

こだま
主婦。『夫のちんぽが入らない』(2017年/扶桑社)でデビューした覆面作家。現在は『クイック・ジャパン』にて「Orphans」を連載中。最新刊は『いまだ、おしまいの地』(太田出版)。
書くことの怖さや不安
酒井 今日東京に来たんですか?
こだま 昼に着きまして、明日お昼に帰ります。なかなか出て来られないですね。
酒井 大変ですね。今日来るときは具合悪くならなかったですか?
こだま もう不安で1週間くらい前から、緊張で口数が普段よりも増えています。もう落ち着かなくなっちゃうんですよね。
酒井 仮面を被るとしゃべれるみたいなことを書かれていましたよね。それってエンターテイナーに共通している気がしていて。芸人さんも俳優さんも、メイクや衣装をつけるとモードが切り替わったりする方が多いから、そういうスイッチを持っておくって、とっても真っ当なことのような気がします。
こだま 仮面で活動するってどうなんだろうって思うときもかなりあって、こんなに人のことをベラベラ書いているくせに自分だけ仮面を被っていると批判されることもあって、そのたびに考え直すんです。
酒井 人のことを書くなら自分も顔を晒してやったほうがいい、ということですか。
こだま はい。覚悟を持ってやってないから卑怯だとよく言われます。
酒井 そうですか。ちょっと謎めいているほうが読者の想像力を掻き立ててくれるし自分を投影させやすくなるから、私はアリな気がしますね。
こだま 勇気づけられます。酒井さんは私から見ると、なんでも書かれてるっていう感じなんですけど、怖さとか不安とか感じないんですか?
酒井 感じます。最初は酒井若菜じゃなくて違う名義で書き物をやろうって思ってたけど、それこそなんか浮ついて見えるんですよね。水道橋博士さんに、女優なんだからこそ、晒していけばいい、そして、どんどん社会に石を投げて、返されてっていうことで鍛えていくほうがいいんじゃない?って言われて、そこから、割り切るようになりました。
でも、(芸能人だから)得してるよねって思われる先入観と、実際のまったく得しない現実とのギャップに悩んだりすることはたくさんありますよ。どんなに書いても認めてもらいにくい職業なので。こだまさんは書籍デビューして作家の肩書をプラスして持つことってどうでしたか?
こだま 周囲に話さずに地元で書いてるので全然自覚がありません。東京に出てきたときだけ、「あ、私本を出してるんだ」って初めて気づくというか。地元では調子が悪くて寝込んでいたり家の中からほとんど出ない生活なので、まるっきり別々のものになっちゃってますね(笑)。
書くことで、客観的にわかるようになる

酒井 ものを書く人って承認欲求が強い人が多い気がするんですけど、直接「読みましたよ」っていう反応が日常の中にないってことですよね?
こだま 一切ないです。
酒井 承認欲求が強くないということですか?
こだま 承認欲求は過剰にあるんですけど、それよりかは身内に知られたくないっていう気持ちのほうが強くて(笑)。結果的に情報をかなりセーブしながらネット上や上京したときだけ浮かれています。
酒井 でも書きたいっていうことは、満たしたい“何か”はあるっていうことですよね。
こだま 普段から人と全然話しませんし親子でも思っていることを口にしません。頭で考えていることを知られたくないというか。人前で話すのは苦手だし、こういう対談もすごく緊張してどうしていいかわからないので、書いているときが一番落ち着くというか、しゃべれないぶん日記帳にはいっぱい書いています。
酒井 わかります。私もプライベートだと自分のことまったく話さないので、そのぶん書くっていうエネルギーに回ってるんですよね。普段から自分のことを話せたら文章なんて書いてないっていうところがあって。
こだま 口を開くとよけいなことを言っちゃうか、逆に何もしゃべれなくなったりします。文章だと何回も消せるしじっくり自分のペースで緊張せずに書けるから好きなんですよね。
酒井 向田邦子さんで言う「言葉の消しゴム」ですね。文章に起こすとそのときはわからなくても、1〜2年後に自分の人格が客観的にわかるようになるというパターンもありますよね。そういう体験も好きで。こだまさんは何かの対談で「原稿を書くとお金が入ってくるのが困る」って言ってましたね。それってすごくおもしろいですよね(笑)。
こだま ありがとうございます。とにかくこっそり書いて読んでもらえたらいいので、そこから何か大きなことになっちゃうと自分じゃないような気がして。戸惑うんですよね。
酒井 じゃあ賞をもらったときとか、すごくびっくりしたんじゃないですか?
こだま そうですね。そもそも表彰式に匿名の人間がどうやって行くんだろうって怖くて怖くて。
酒井 それで、今回のエッセイに書かれているように脱毛に行っちゃう(笑)。
こだま そうです(笑)。
なぜ向田邦子のような文体が生まれたのか?

酒井 今回この本を読んだときに、すっごく好きな文体だな、って思いました。何がこんなに心地いいんだろうって考えたときに、向田邦子さんと似ているところが多くて。ほかの作家との類似点を見つけられるのは嫌かもしれないんですけど。
ひとつのエッセイの中に、場面転換がいくつかあるじゃないですか。現在と過去と、とか。突然別の家族が出てきたりとか。それがたまらなく好きだし、一文一文がほかの女流作家に比べて圧倒的に短い。ヘビーなところをおもしろいフレーズに変えて名前をつける感じとか。
こだま 光栄です。恐縮というか。結局はそこに逃げてるっていうのがあるんですね、ワードをつけて多少変でもそれでごまかそうとする気持ち。ごまかしですね。
酒井 私が一番目指してるけど何度挑戦してもできないことをさらってやってるように見えて。キャッチーであることってすごく重要だと思うんですけど、こだまさんの文章にはキャッチーな表現が多い気がします。それってどうやって培っているんですか? 本を読むのが好きなんですか?
こだま 本を読むのも好きなんですけど、昔地元のローカル誌でライターをしていて、そこではよけいなこと詰め込んじゃダメって言われたんですね。長い文はダメ、一文にいくつもの情報入れないでって。だから簡潔っていうのは絶対にその仕事の影響はあります。
酒井 そういうことか。あとあんまり感情的にならないですよね。どんな不幸なことも、私の主張はこれっていう押しつけがない印象があります。それもライターの気質というか。
こだま もともと性格的に恥ずかしくて全部出し切れないっていうのはあります。酒井さんの文章は話しかけるようにストレートに書かれてますよね。私は本当に何回もいろんなところで泣いちゃいました。
酒井 えー、本当ですか! うれしい。
こだま すぐ目の前で話しかけられてるような親しみやすさがあります。
酒井 うれしいです。私はもうずっと夜中に書いたラブレターテンションでやってるので、それが自分のスタイルなんだなと受け止めてはいますが、やっぱり理想はこだまさんとか向田さんの、簡潔だけど優しさや憂いがあって、圧倒的な情景描写のうまさ……うま過ぎません?
こだま いや未熟だなと思っちゃいますね……。
どのように原稿を書いているのか?

酒井 どうやって書いてますか? 普段。
こだま もう本当にテーマだけなんとなくうっすらあって、最後ここに持っていこうっていうのだけ決めて書き始めます。
酒井 じゃあ場面転換をして途中に挟まるエピソードとかは最初は全然思いついてなかったけど、書いているうちに出てくるんですか?
こだま そうですね。これとこれも入れたいって最初担当編集さんに説明するんです。大きなテーマと小さなエピソードも中に含みたいっていうのがあるんですけど、毎回4000字の字数なのですが、本当はそんなに書きたくないんですよ(笑)。
1000字くらいの短い文章しか書きたくないので、もともと2000字にしてもらえないかとか交渉してたんですけど……。実は短いエッセイをいくつか書くことでようやく4000字にたどり着けてるっていう。
酒井 いや私、そういうスタイルでやってるとしか思えなかった!
こだま 短いのしか書けないんです(笑)。酒井さんはひとつの作品長くないですか?
酒井 長いんです、本当にヤダ。
こだま たくさん考えているから書けるんだと思います。ひとつのことに対してこんないろんな考えを持てるんだなって。私はすごくうらやましいです。
酒井 いや、そう言っていただくとうれしいですけど。
こだま 私は書けないからいっぱい詰め込もうっていう。そういうふうに流れちゃうんで。
酒井 私のはもったいない精神がすごい強くてブラッシュアップできないんですね。そこを直さなきゃいけないなって思っているんですけど。
こだま おもしろいです。学校に忘れ物を届けに来たおじいちゃんの話が好きでした。そのエピソードから、おじいちゃんとのいろんな思い出が語られていくところも。
酒井 エッセイを書いていると、おじいちゃんってすごくキーパーソンですよね。こだまさんのもアル中のおじいちゃん。さくらももこさんもおじいちゃんがキーパーソンじゃないですか。エッセイ書くときってあるのかな。エッセイの神っておじいちゃんなのかもしれない。
こだま おじいちゃんからいっぱい題材もらってますよね。
書くことで救われることがある
こだま 書けないときとかってどうしてるんですか?
酒井 私は本当に書けないときは、あらかじめ箇条書きにしていたメモを3つくらい拾ってポンポンポンって最初、頭、終わりって置いて、じゃあ全然関係ないこの3つをどうやってつなげようかなって考えたりしています。“書く”という名の筋トレです。
こだま そう考えると書けないことも楽しめそうですね。
酒井 楽しいですね。でも書けなくなるときありますよね。こだまさんの本を読んでても、今日は出かけられたのに次の日になったら夕方まで寝ちゃって、みたいな。こだまさんが当たり前のようにそういうことを経験していると書いてくれると、それが救われるんですよ。私だったら「そんな日もあるよね」とかつい書いちゃうんですけど、こだまさん書かないじゃないですか、そういうこと。
こだま 距離があります、読者との間に(笑)。
酒井 今回一番救われたのが、「自己免疫由来の鬱」っていうフレーズ。お医者さんにそう言われたこだまさんが「“植物由来の乳酸菌”みたいで好感を持った」みたいな。なんかふざけてるなと思って(笑)。私も自己免疫疾患を抱えているので、自分が落ちこんだときに、「自己免疫由来の鬱」なのかもしれないと思うと心が軽くなるんですよね(笑)。
こだま ありがとうございます。実は私もかなり前に酒井さんのブログを読んで病気との付き合い方を知り、自信をもらったんです。病気のことばかり書くと、大変ですねとか同じ病気の人でつらさを分かち合って、そっちに寄っちゃうこともあるんです。でも酒井さんはそこを抜けて今の活動をしているんだよっていう、先の話をしていることに私は励まされました。
酒井 うれしい。こだまさんの病気のことは、あくまでも日常の中に溶かす書き方をしているから、過剰に「怖くないよ、大丈夫だよ」って言われるよりも、よっぽど救われるし励まされると思います。
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