酒井若菜×こだま<書いて伝える大切さ>を語る「大丈夫って言われるよりも救われる言葉」

2020.11.3

なぜ向田邦子のような文体が生まれたのか?

酒井 今回この本を読んだときに、すっごく好きな文体だな、って思いました。何がこんなに心地いいんだろうって考えたときに、向田邦子さんと似ているところが多くて。ほかの作家との類似点を見つけられるのは嫌かもしれないんですけど。

ひとつのエッセイの中に、場面転換がいくつかあるじゃないですか。現在と過去と、とか。突然別の家族が出てきたりとか。それがたまらなく好きだし、一文一文がほかの女流作家に比べて圧倒的に短い。ヘビーなところをおもしろいフレーズに変えて名前をつける感じとか。

こだま 光栄です。恐縮というか。結局はそこに逃げてるっていうのがあるんですね、ワードをつけて多少変でもそれでごまかそうとする気持ち。ごまかしですね。

酒井 私が一番目指してるけど何度挑戦してもできないことをさらってやってるように見えて。キャッチーであることってすごく重要だと思うんですけど、こだまさんの文章にはキャッチーな表現が多い気がします。それってどうやって培っているんですか? 本を読むのが好きなんですか?

こだま 本を読むのも好きなんですけど、昔地元のローカル誌でライターをしていて、そこではよけいなこと詰め込んじゃダメって言われたんですね。長い文はダメ、一文にいくつもの情報入れないでって。だから簡潔っていうのは絶対にその仕事の影響はあります。

酒井 そういうことか。あとあんまり感情的にならないですよね。どんな不幸なことも、私の主張はこれっていう押しつけがない印象があります。それもライターの気質というか。

こだま もともと性格的に恥ずかしくて全部出し切れないっていうのはあります。酒井さんの文章は話しかけるようにストレートに書かれてますよね。私は本当に何回もいろんなところで泣いちゃいました。

酒井 えー、本当ですか! うれしい。

こだま すぐ目の前で話しかけられてるような親しみやすさがあります。

酒井 うれしいです。私はもうずっと夜中に書いたラブレターテンションでやってるので、それが自分のスタイルなんだなと受け止めてはいますが、やっぱり理想はこだまさんとか向田さんの、簡潔だけど優しさや憂いがあって、圧倒的な情景描写のうまさ……うま過ぎません?

こだま いや未熟だなと思っちゃいますね……。

どのように原稿を書いているのか?

酒井 どうやって書いてますか? 普段。

こだま もう本当にテーマだけなんとなくうっすらあって、最後ここに持っていこうっていうのだけ決めて書き始めます。

酒井 じゃあ場面転換をして途中に挟まるエピソードとかは最初は全然思いついてなかったけど、書いているうちに出てくるんですか?

こだま そうですね。これとこれも入れたいって最初担当編集さんに説明するんです。大きなテーマと小さなエピソードも中に含みたいっていうのがあるんですけど、毎回4000字の字数なのですが、本当はそんなに書きたくないんですよ(笑)。

1000字くらいの短い文章しか書きたくないので、もともと2000字にしてもらえないかとか交渉してたんですけど……。実は短いエッセイをいくつか書くことでようやく4000字にたどり着けてるっていう。

酒井 いや私、そういうスタイルでやってるとしか思えなかった!

こだま 短いのしか書けないんです(笑)。酒井さんはひとつの作品長くないですか?

酒井 長いんです、本当にヤダ。

こだま たくさん考えているから書けるんだと思います。ひとつのことに対してこんないろんな考えを持てるんだなって。私はすごくうらやましいです。

酒井 いや、そう言っていただくとうれしいですけど。

こだま 私は書けないからいっぱい詰め込もうっていう。そういうふうに流れちゃうんで。

酒井 私のはもったいない精神がすごい強くてブラッシュアップできないんですね。そこを直さなきゃいけないなって思っているんですけど。

こだま おもしろいです。学校に忘れ物を届けに来たおじいちゃんの話が好きでした。そのエピソードから、おじいちゃんとのいろんな思い出が語られていくところも。

酒井 エッセイを書いていると、おじいちゃんってすごくキーパーソンですよね。こだまさんのもアル中のおじいちゃん。さくらももこさんもおじいちゃんがキーパーソンじゃないですか。エッセイ書くときってあるのかな。エッセイの神っておじいちゃんなのかもしれない。

こだま おじいちゃんからいっぱい題材もらってますよね。

書くことで救われることがある

こだま 書けないときとかってどうしてるんですか?

酒井 私は本当に書けないときは、あらかじめ箇条書きにしていたメモを3つくらい拾ってポンポンポンって最初、頭、終わりって置いて、じゃあ全然関係ないこの3つをどうやってつなげようかなって考えたりしています。“書く”という名の筋トレです。

こだま そう考えると書けないことも楽しめそうですね。

酒井 楽しいですね。でも書けなくなるときありますよね。こだまさんの本を読んでても、今日は出かけられたのに次の日になったら夕方まで寝ちゃって、みたいな。こだまさんが当たり前のようにそういうことを経験していると書いてくれると、それが救われるんですよ。私だったら「そんな日もあるよね」とかつい書いちゃうんですけど、こだまさん書かないじゃないですか、そういうこと。

こだま 距離があります、読者との間に(笑)。

酒井 今回一番救われたのが、「自己免疫由来の鬱」っていうフレーズ。お医者さんにそう言われたこだまさんが「“植物由来の乳酸菌”みたいで好感を持った」みたいな。なんかふざけてるなと思って(笑)。私も自己免疫疾患を抱えているので、自分が落ちこんだときに、「自己免疫由来の鬱」なのかもしれないと思うと心が軽くなるんですよね(笑)。

こだま ありがとうございます。実は私もかなり前に酒井さんのブログを読んで病気との付き合い方を知り、自信をもらったんです。病気のことばかり書くと、大変ですねとか同じ病気の人でつらさを分かち合って、そっちに寄っちゃうこともあるんです。でも酒井さんはそこを抜けて今の活動をしているんだよっていう、先の話をしていることに私は励まされました。

酒井 うれしい。こだまさんの病気のことは、あくまでも日常の中に溶かす書き方をしているから、過剰に「怖くないよ、大丈夫だよ」って言われるよりも、よっぽど救われるし励まされると思います。

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  • 『いまだ、おしまいの地』

    著者:こだま
    出版社:太田出版
    価格:1,430円(税込)

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  • 『&Q』

    著者:酒井若菜(編集長)ほか
    価格:500円/月(税込)
    発行:ほぼ毎週日曜日配信(月4回)

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