本番の舞台上で生まれた、「密」ではなく「親密さ」
さあ、早くも本番。ワークショップでは基礎的なストレッチや「コンテンポラリーダンスとは何か?」ということを学び、実践し、考えた。その成果の発表の場である。
コンテンポラリーダンスというと、何やら難解なものに捉えてしまう方もいるだろう。しかしわたるさんは、「ざっくり言えば、自由に身体を動かすことです」と語る。人によって、体格や身体の可動域などの身体的特徴はそれぞれ異なる。それらを個性と捉えると、たとえ似たような動きであっても、あくまで“似たような動き”でしかなくなる。ひとつとして同じではないのだ。
内面も含めた「個性」が活きるのがコンテンポラリーダンスであり、そしてそれを積極的に作品に取り入れていくのが、わたるさんという人なのである。参加者の発言にも肯定的に耳を傾け、作品に落とし込んでいく。これはわたるさんの「個性」かもしれないが、今必要とされている姿勢のような気がする。人それぞれバックグラウンドは違うのだ。
これは本作において、もっと大きな枠組みでも見られた。舞台作品は、制作、音響、照明、衣装、舞台監督……など、“裏方”と呼ばれる人々の力があってこそ成立する。こういったスペシャリティーを持った人々ともわたるさんは公演中に交流し、カメラ片手に舞台裏を駆け回り、“今どのようにしてこの公演が成り立っているのか”を映像で観客に示した。関係者の皆が参加の全員野球。まさに「祭り」を打ち立てたのである!
ワークショップから本番までを振り返って、参加者の富岡晃一郎さん(劇団「ベッド&メイキングス」主宰)は「オンラインでも指示をもらえれば、部屋の中のものを使ってダンスができちゃうのが新鮮だった。ただコンテンポラリーダンスの場合、“相手を感じる”、“場の流れに合わせる”、“空気を作る”という能力が大切なように感じたので、それを養うには実際に対面しないと難しいと思った」と感想を述べてくれた。
さらに、「演劇でもそうだけど、身体同士が触れ合ったりぶつかったりしたときに、圧倒的な“ドラマ”が生まれる……生まれやすいのだなと再認識させられた。相手の身体に触れられないのはツライ! 踊っていて、誰かの身体に触れたくなる瞬間がたくさんあった。握手だけでもいいから舞台上でしたかった」とつづける。
これには筆者も同意だ。舞台作品では本番直前に、舞台袖で共演者同士がハグなどをすると聞く。しかし、今回は皆が自発的に「禁止」を課していた。哲学者の鷲田清一は、著書『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』(ちくま文庫)の中で、他人と身体を接触させたりすることなどによって、視覚的には直接感覚することのできない身体の輪郭が、皮膚感覚というかたちでくっきりしてくるのだと述べている。これは「自己」というものを認識する上でも、「他者」という存在を認識するためにも必要なものだと思う。しかし、今はこれが難しい。
終演後、ひとりの方からメールにておもしろい感想をいただいた。「観客に対しては細心の注意が払われていたものの、出演者はとても“密”に見えました。ウィズコロナ時代の舞台には、運命共同体としてのある種の覚悟のようなものがより一層問われるのかな?と感じました」というものだ。
しかし先に述べたように、本番はもちろんのこと、稽古やその前後、休憩時間を含め、参加者同士の身体的接触はまったくなかったと言っていいほどだったはず。会話に関しても、じゅうぶんなコミュニケーションが取れていたとは言い難い。しかし、同じ時間、空間、状況を身体で共有すること──これこそが私たちのコミュニケーション法だったのではないかと思う。つまり、発話を伴ったコミュニケーション以上に、身体による「対話」が叶っていたと思うのだ。
個人的な話をすれば、いつの間にかみんなのことが大好きになっていた。日常的に「座組み」という刹那的な対人関係を持たない私にとって、終演に向かって「寂しい」という感情が生まれた。仲間たちと語り合ったこともないし、一献傾け合ったわけでもない。しかしなんたる寂寞(せきばく)感……。こんな想いを、みんなが抱いていたようである。この「親密さ」が、「密」として映ったのではないだろうか。
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