『カネコアヤノ TOUR 2020 “燦々”』密着ルポ【後編】ひかりのほうへ

2020.4.2

「今の段階では、帰る場所は東京でいいと思ってる」

歌を歌って生きていく。それは、自分が暮らす街で歌を作り、知らない街に出かけてそれを披露することの繰り返しでもある。札幌で7曲目に披露された「天使とスーパーカー」には、彼女の歌としては珍しく地名が登場することを思い出す。

目線は同じだから
新宿知らない人たちでも ベイベー
明日の辞書はないから
ドラマチックな人生 かっこいい

馬鹿みたいでもいんだぜ
花束隠しておくよ
夜になったら迎えにいくよ
スーパーカーで

今日の天使は君に決めた
知らない街の雪の日に
心に咲いた白い花

この日、札幌には最大瞬間風速30メートル近い風が吹き、アーケードの中にまで雪が吹き込んでいた。知らない街の雪の日に、歌を歌って、自宅のある東京に引き返す。ライブはその繰り返しだ。

「こうやってツアーに出て、いろんな人が来てくれて、街を見てごはんを食べてると、『こんな暮らし方もあったよね』って思うんですよ。ずっと観察できてうれしい、きらきらしてるものを。景色が違うとこんなに楽しいんだって思うし、これから先、自分は何をしたいんだろうって考えるんですよ。来年はどうなっていたいのかを考えながら、東京に帰りますね」

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札幌Sound lab moleライブ前のワンシーン

彼女が生まれ育ったのは、横浜の郊外にある町だ。新宿や渋谷まで出るには片道2時間近くかかったけれど、高校生のころは放課後になるとライブハウスに出かけた。19歳で音楽を始めたときは、まだ横浜の実家にいたけれど、「ここで作れる歌は書き尽くした」と思うに至り、上京する。彼女にとって、町を出ることは歌を作ることと重なっていた。今も、ずっと東京にいるだけでは歌を作れなくて、こうしてツアーに出る時間があるから曲が書けるのだけれど、今の段階では帰る場所は東京でいいと思っていると、カネコアヤノは語る。

「私は住むところで作る曲がすごく変わるんです。私、引っ越し好きぽくて、2年経ったら引っ越すんですよ。新しい家に行くと、生まれます、曲が。でも、身体に合わない家に住んじゃうと、曲ができなくなる。私は基本的にずーっと家にいるから、家が城なんですよ。こうして札幌に来て、そこで見たものを持ち帰って、思い返す場所はおうちだから。『ああいう人がいたな』とか、『あのときこんな話をしたな』とかって思い出すのはおうちだから、大事なんですよね。そこでは誰にも見られてないから、極端に言えば全裸でいてもいいし、何やってもいいわけじゃないですか。『美味しいものを食べな』とか歌ってるわりに、私は冷蔵庫の前に立ったままパンとか食べちゃうんですよ。でも、私はそれも美味しいと思ってるし、そうしてる時間がすごく好きなんです」

慌ただしい日々のなかで、冷蔵庫の前で簡単に食事を済ませてしまうことは、多くの人が身に覚えがあるだろう。でも、「そうしてる時間がすごく好き」だと彼女は語る。

「たぶん私、ひとりでいるのが好きなんですよ。ひとりでいるときの、誰にも見られてないから許されてる時間が、すごくいいんですよね。素っ裸みたいな感じがするし、『本来私ってこういう人間なんだけどね、ははは』って感じがするのかな。冷蔵庫から何か取って、冷蔵庫の前で食べちゃって、ポイっと捨ててそのまま寝る――それは『靴のかかとを踏んで歩くことが好き』みたいなのと同じで、ついやっちゃうんですよね。いつまでやるんだろうとも思うけど、無性に悲しいときってそういうことをしたくなるんですよ。そうやって無心に食べたりするとスイッチが切り替わるから、やっちゃいますね」

家にひとりでいるのが好きなのは、幼い日の影響もある。両親は共働きだったこともあり、小学校3年生のころから彼女はカギっ子として育った。夜になるまで両親は帰って来なかったから、ひとりで過ごす時間が身体になじんだ。

「あと、小さいときから私、泣いたら止まんなかったんですよ。『ごめんね』と『ありがとう』が言えなくて、怒ったり泣いたり、パーンってなっちゃうタイプだったんです。それがどんな感情なのか、自分でもわかんないけど、泣いちゃうんですよね。怒りとか、恥ずかしいとか、全部泣いちゃう人だったんです。最近になってようやく涙を我慢できるようになったけど、人に何か言われたとき、自分の意見があるんだけど、それを言う前に泣いちゃう。なんで泣くのって聞かれても、『自分だってわかんないんだよ!』って、『こっちだって知らんがな、お前にこの気持ちがわかるかよ!』って、泣きながら怒る子どもでした」

「大人だからって、怒ることも爆笑することもやめたくない」

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