『カネコアヤノ TOUR 2020 “燦々”』密着ルポ【後編】ひかりのほうへ

2020.4.2


「大人だからって、怒ることも爆笑することもやめたくない」

こうして話を聞かせてもらっているうちに、彼女の語る「私はそもそも怒りの人間だと思ってる」という言葉の意味に、ようやく触れられたような気がした。改めて、「明け方」の歌詞を読み返してみる。

言わなくていいこと たくさんあるね
笑い飛ばしてくれよ くだらない夢の話
君の隠したい秘密をひとつ知るより
今より上手に笑えるようになりたいだけだ

派手なドレス ダイヤと穴開きGパン
好きな時に身に着けなよ 勝手だよ
私は怒る すぐに 忘れちゃいけない
すぐに怒る 悲しいからこそ

言わなくていいこと たくさんあるね
顔を上げてくれよ 慣れてきた毎日も
必ずいつか終わるのさ
それならもっとふざけていてよ
上手に笑えるようになんてなるな

不安なまま朝を迎えてしまった
だからギターを弾くしかないんだ
私は怒る すぐに 忘れちゃいけない
すぐに怒る 愛していたいと

ここで「怒る」という言葉のあとにつづく言葉が、すべてを表している。

「すぐに怒る」のあとに、「悲しいからこそ」と「愛していたいと」がつづく。悲しさと愛おしさが、「怒る」という言葉で結ばれている。

「さっきも少し話しましたけど、怒ることを忘れちゃうと、いろんな感情が薄れちゃう気がするんですよね。っていうか、そもそもなんで怒っちゃいけないんだろうっていう素朴な疑問がある。怒っていいじゃん、だって『間違ってる!』って思うんだから。それに、怒るってやっぱり、対象への愛がなければ生まれないじゃないですか。だから怒ることを忘れたくないし、全然別の感情だけど、がははって爆笑する気持ちも忘れたくない。大人だからって、それをやめたくない、私は。涙を我慢できるようになったことも、自分的には悲しいことだなと思ってますね」

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札幌Sound lab moleでのライブより

彼女の「怒り」は、感情が揺れ動く瞬間と結びついているのだろう。たとえば、札幌で19曲目に披露された「ぼくら花束みたいに寄り添って」に、こんな歌詞がある。

音楽が終わるのと同時に
晴れてた空が曇ってしまって
明るい部屋が翳りゆく

最近悲しいニュースが多いねと呟く君の横顔
失礼だけど可愛すぎて

感動している 些細なことで
間違ってないよと こちらへおいでと手招き
感動している君の眼の奥に今日も宇宙がある

この歌詞に触れたとき、この言葉は同じ時代を生きる誰かによって書かれたものだと強く感じた。

「最近悲しいニュースが多いね」と呟く「君」に「横顔が可愛すぎる」と伝える。それは失礼どころか、不謹慎のそしりを免れないだろう。世界にあふれる悲しい出来事を取り除くために、私たちは正しさについて考える必要がある。その正しさは、誰にも否定されるべきではないものだ。ただ、それと同じように、私たちが抱いた感情もまた、否定されるべきではないはずだ。カネコアヤノの歌に描かれるのは、社会的な怒りではなく、ごく個人的な、浮かんでは消えていくような「怒り」だ。

「私はやっぱり、どんなことがあっても、新しい洋服を買って、その服を着て夏を歩くことを想像してたいなと思うんです」。カネコアヤノは言葉を選びながらそう語る。「たとえば悲しいっていう感情も、ただ『私は悲しいんですよ』って言うんじゃなくて、ちゃんと輝きが見えるようになったらいいなと思ってる。やっぱり、悲しいことがあるから、いいことがあったとき倍楽しいわけじゃないですか。悲しいと思っているときにも、サモエドは笑ってるし、アフリカで象は走ってるし、そう思ったら大丈夫だよ、バーッとやろうや!――そういう気持ちを歌いたいし、悲しいもその一部だったらいいなと思ってる」

こうして話を聞かせてもらったのは、新千歳空港へと向かう高速バスの中だった。

バスが空港に到着すると、機材を運び出し、搭乗手続きを済ませる。慌ただしくお土産を購入して、保安検査場を通過してゆく。皆を見送ったあと、私はひとり、寿司屋に入る。サーモンを平らげていると、今から2日前、新千歳空港に到着してすぐ、皆で空港の寿司屋に入ったことを思い出す。

「寿司は時間との闘いだから。5分が勝負だから」。席に着くなり、カネコアヤノは皆にそう宣言した。

「私は容量が少ないから、ああいうとき嫌になるんですよね」。バスの中で彼女が語ってくれた言葉を反芻する。「胃が弱いからすぐに下すし、すぐにお腹いっぱいになっちゃう。でも、お寿司だったら3秒で『はい、次!』って食べられるから、満腹中枢が働くまでに早くしないと!ってなるんですよ。これはごはんのことだけに限らず、ほんと時間ないなって思いますね。だから、わがままにいられたらと思います」

私たちは皆、限られた時間を生きている。どんなにおいしいものも、永遠に食べていることはできないし、どんなに楽しい時間も永遠にはつづかず、やがて終わりが訪れる。この旅も、弾き語りとバンドセット、それぞれ一度ずつで終わってしまう。だからこそ、今の瞬間を忘れないように、わがままに、カネコアヤノは「怒る」のだろう。そんなことを考えながら寿司を食べているうちに、あっという間に満腹になってしまう。

2020年2月27日(木)|東京・インスタライブ


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橋本倫史

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橋本倫史

(はしもと・ともふみ)1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(筑摩書房)と『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』(本の雑誌社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」(第4金曜掲載)、あまから手帖にて「家族のあじ」連載中。

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