『カネコアヤノ TOUR 2020 “燦々”』密着ルポ【後編】ひかりのほうへ

2020.4.2


「手洗いとうがいと、ごはんを食べてくれ。あとはよく寝ること。よろしく。ありがとう」

「ほんとに、金沢は――」。13曲目の「カウボーイ」を歌い終えると、カネコアヤノはそう呟く。そこで言葉を打ち切り、「カウボーイ」を鼻歌で歌いながら眼鏡をかけ、画面に表示されるコメントを見つめる。曲のリクエストが流れてゆく。彼女は無言のまま眼鏡を外し、イントロを弾き始める。その瞬間に画面が暗くなり、「ライブ動画は終了しました」と表示された。配信が再開されたのは数秒後だ。

「なんか終わっちゃった。なんでだろう。あと3曲ぐらいやろうと思ってたら終わっちゃった」

視聴者がコメントで「ライブ配信は1時間経つと終わってしまう」のだと教えてくれる。「そういうシステムなんだ――もう1時間経ったんだ。1時間で終わっちゃうんだね。知らなかったね。よし! でも、やるはずだった曲で、まだやってないのもあるな。1年以上やってない曲をやるわ」。そう宣言して弾き始めたのは、先ほどイントロを弾きかけた曲ではなく、「やさしい生活」だった。

もう少し大丈夫になったら
大きな猫が飼いたい
さらに少し大丈夫になったら
小さな犬も一匹飼いたい

家はそんなに豪華じゃなくっていい
不便なことが一つくらいある
好きなもので散らかるくらいがいい
嫌なことも穏やかに

解決できるようになったら
あなたにすべてを打ち明ける
きらわれないかと不安だよ 今日も

もう少し大丈夫になったら
次の日 雨でも落ち込まなくなるかな
さらに少し大丈夫になったら
綺麗な靴でも 照れたりしないのかな

くだらない誓いをたてて
意味のない指輪の交換でもしよう
後に傷つくようなことはまだ
もう少しだけ大丈夫に

なったらいいとは
毎日 毎日思っているんだ本当は
今でも涙が出そうになるけど
いつか終わるのか どうか消えないで
終わらないでいて この気持ち
コンパクトミラーにときめいていたい
この気持ち

もう少し大丈夫になったら
大きな猫が飼いたい
さらに少し大丈夫になったら
小さな犬も一匹飼いたいな

この「やさしい生活」も、彼女が名古屋で語っていた「大事なライブに連れて行きたい」曲なのだろう。そこには、すべてが大丈夫であるようにという祈りと、この感情よ消えないでくれという願いが詰まっている。この願いと祈りは、今日という日の夜に一層強く響く。

インスタライブは1時間半つづいた。それは普段のワンマンライブと同じ長さだ。

「終わりです」。19曲目に「アーケード」を歌い終えると、カネコアヤノはギターを置く。「金沢にまた行くし、皆さんも手洗いとうがいをがんばってやりましょう。手洗いとうがいと、ごはんをね、食べてくれ。あとはよく寝ること。よろしく。ありがとう。ありがとう? 私がありがとうって感じですわ。観てくださってありがとうございます。手洗いうがいと、なんだろう、ごはんを食べて、お風呂に入って、あと――お腹すいた。お腹すいたな。免疫力をつけてくれ。歯磨き、してください。生まれてきてくれて、ありがとうございます」

インスタライブを終えたカネコアヤノを見送ったあと、電車に揺られながら、アーカイブされた映像を見返す。画面の中では、2時間前の彼女が紅茶を飲んでいる。8曲目の「朝になって夢からさめて」を歌い終えると、視聴者からのコメントを見つめながら、「新しい曲を、2曲とも、やる?」とつぶやく。

新しい曲とは、4月1日にリリースすると発表されたシングル『爛漫/星占いと朝』のことだろう。「星占いと朝」は、名古屋と札幌で演奏された。ただ、もう1曲の「爛漫」は、まだどこでも披露されていなかった。

「人前でやったことないけど、金沢がやれなくて、悲し過ぎるからやります」。そう語ると、カネコアヤノ は「爛漫」のイントロを奏で出す。

こないだ夜道をあるいていた
発光してる 赤いみのり
熱でうなされて見た夢は
東京の空 ピノキオの星
枕元で女神が抱き寄せてくれた
わかってたまるか 涙が溢れる

お前は知るのか
季節の終わりに散る椿の美しさを
身体が火照るような赤、赤、赤い色
ぼくの心の様

生まれてしまった そのせいで
ぼくにはできる お前を守る
珈琲にミルクが溶けてゆく
名前もない 快楽のため
自暴自棄よりも早く走るしか
明るい部屋はないんだよ

お前は知るのか
季節の終わりに散る椿の美しさを
身体が火照るような赤、赤、赤い色
ぼくの心の様

新曲の歌詞を噛みしめながら聴き返すと、カネコアヤノはいつもひかりについて歌っているのだと気づく。あっという間に過ぎ去ってしまう時間のなかで、ひかりのほうへ、消えてしまうほどのはやさで駆け抜けてゆく。そして椿が落ちるように立ち止まり、美しさに体を火照らす。そんな一瞬のひかりを、彼女は大きな声で歌う。

「とにかく気をつけて。みんなに、次にも生きて会うことが大きなテーマだと思っておりますので、さようなら、いつも聴いてくれてありがとう。だから、がんばって歌います。それでは、おやすみなさい。これからも、がんばります。バイバーイ」

インスタライブの終わり際に、彼女は視聴者にそう語りかけた。

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2月27日に行われたインスタライブのひとコマ

ライブには、その瞬間までなんとか生き抜いた人だけが立ち会える。その日その場所に集まろうとして、歌い手は舞台に立ち、観客は客席にやって来る。今日のように、約束が叶わないことだってあるけれど、その日が無事に訪れるように、私たちは祈ることしかできずにいる。

椿は冬の終わりに咲く。

そして、咲いている姿のままごろりと花を落とす。そのころには春が訪れているだろう。春の日、無事にライブが開催されることを祈りながら、暗くなった画面を見つめつづける。


カネコアヤノ
シンガーソングライター。2019年にアルバム『燦々』と、弾き語りによる再録アルバム『燦々 ひとりでに』を発表。2020年4月1日に両A面シングル『爛漫/星占いと朝』をCD・7インチ・配信の3形態でリリース。


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カネコアヤノ『爛漫/星占いと朝』
2020年4月1日にCD・7インチ・配信でリリース


「かみつきたい」作詞/作曲:カネコアヤノ
「明け方」作詞/作曲:カネコアヤノ
「ぼくら花束みたいに寄り添って」作詞/作曲:カネコアヤノ
(『燦々』収録)
「天使とスーパーカー」作詞/作曲:カネコアヤノ
(『ひかれあい』収録)
「週明け」作詞/作曲:カネコアヤノ
(『恋する惑星』収録)
「やさしい生活」作詞/作曲:カネコアヤノ
(『群れたち』収録)
「爛漫」作詞/作曲:カネコアヤノ
(『爛漫/星占いと朝』収録)


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橋本倫史

(はしもと・ともふみ)1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(筑摩書房)と『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』(本の雑誌社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」(第4金曜掲載)、あまから手帖にて「家族のあじ」連載中。

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