『カネコアヤノ TOUR 2020 “燦々”』密着ルポ【後編】ひかりのほうへ

2020.4.2


2020年2月27日(木)|東京・インスタライブ

次は金沢で、お茶漬けを食べに行きましょう。

新千歳空港で皆を見送りながら、そう約束したはずだった。だが、公演前日の19時、カネコアヤノの所属する事務所から「お知らせとお詫び」と題した文が発表された。政府からのイベントの中止・延期の要請発表を受け、2月27日に予定されていた金沢・21世紀美術館シアター21での公演を延期することになった――文にはそう綴られていた。

公演延期の発表から5分後、カネコアヤノはこうツイートした。「悔しいので明日19時からインスタライブします」と。

「どうしよっかなあ。緊張しちゃうな、こういうの」

2月27日18時47分、カネコアヤノは事務所の3階にある部屋にいた。ギターを取り出すともう一度、確かめるように「緊張する」と呟き、チューニングを始める。加湿器が静かに蒸気を立てている。ツアーに持ち歩いてきたピンク色の加湿器だ。テーブルにはリップクリームや紅茶入りのマグカップ、ぬいぐるみなど、お守りが並べられていた。

「花ひらくまで」のイントロを爪弾く。響きを確かめるように、立てつづけにいろんなフレーズを奏でると、この日演奏するつもりの曲をふたつだけ練習する。気づけばもう19時は3分後だ。

「もうつないだほうがいいのか! よし!」

彼女の言葉に、スタッフは席を立つ。部屋にはカネコアヤノひとりきりになる。3分と経たないうちに、「kanekoayanodayoさんがライブ配信を開始しました」という通知がiPhoneに表示された。

画面の中にいるカネコアヤノはめまぐるしく表示される視聴者からのコメントにしばらく見入っていた。眼鏡を外し、ギターを抱えて紅茶をすすると、「じゃあやりまーす、よろしくお願いしまーす」と簡潔に語り11曲目の「花ひらくまで」を奏で出す。視聴者はあっという間に3000人を超えた。

「花ひらくまで」につづき、「かみつきたい」「天使とスーパーカー」「春」「りぼんのてほどき」「ごめんね」と演奏するころには、30分近く経過している。当初、カネコアヤノは「30分くらいやります」とスタッフに予告していたけれど、インスタライブはまだまだつづくようだ。

7曲目は「週明け」だった。イントロを奏でる手を止めて、彼女は小さく溜め息を漏らす。抱え込むように、再びギターを爪弾く。インカメラで撮影された映像は、左右が反転している。左利き用みたいに見えるギターのヘッドに、視聴者が押したハートマークが降り注ぐ。カメラを見やり、誰もいない部屋の中を見渡すと、目を閉じて歌い出す。

私だけをみてればいいのに
世界がひろすぎて 退屈な月曜日

壊すのはこわいから
綺麗な景色を 信じて暮らしてる
きっと これかも

とりあえず なにか食べよう
呼ばれた気がして 振り向いてみたけど
太陽と風の中 君はいなかった

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2月27日に行われたインスタライブのひとコマ

普段のライブと違って、今日は彼女の目の前には誰もおらず、振り向いた先にも誰もいなかった。あれは何曲目だったか、演奏を終えると自分で自分に拍手をして、「ひとりって寂しい」とつぶやいた。しばらくコメント欄を眺めていた彼女は、「ひとりじゃないよ」というコメントを見つけ、「優しいねえ」と顔をほころばせる。

視聴者は5000人に到達しようとしている。画面の向こう側にはたくさんの観客がいる。でも、今日は普段のライブとは違う。彼女はまるで家にいるかのように、ひとりきりで歌っている。自宅で曲作りをしているときと同じように、ソファに腰かけている。気の向くままに姿勢を変えて、時に寝そべるように、時に膝を立てながら歌っている。

回線が不安定なのか、映像は時折フリーズし、ロード中のアイコンが表示される。もどかしく思っていると、3階の部屋からカネコアヤノが歌う生声が響いてきた。その歌声は、さっきまで画面越しに聴いていたのより、ずっと先にある歌詞だ。ライブ配信があれば、部屋にいながら、世界中どこの場所ともつながれるように思えるけれど、そこで触れているのは数秒前の過去だ。私たちが目にする星の輝きが何年も前の姿であるように、ごく一瞬の差かもしれないけれど、それは過去のひかりだ。そのことを思うと、ライブという時間のかけがえのなさが一層際立つ。それと同時に、ライブをできなかった彼女の悔しさに少し触れられたような気がした。

「手洗いとうがいと、ごはんを食べてくれ。あとはよく寝ること。よろしく。ありがとう」


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橋本倫史

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橋本倫史

(はしもと・ともふみ)1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(筑摩書房)と『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』(本の雑誌社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」(第4金曜掲載)、あまから手帖にて「家族のあじ」連載中。

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