「セカイ」を回復するためのリズム【セカイは今、どこにあるのか?】第3回

2022.10.9
セカイは今、どこにあるのか?|第3回

文=北出 栞


2000年代の初頭に生まれた「セカイ系」という言葉は、「主人公の自意識の問題と、<世界の終わり>のような破滅的展開が短絡的に結びつけられる」作品への揶揄的な表現として使われてきた。しかし2022年現在、スマホゲームや広告などで再び「セカイ」という表記が頻繁に使われるようになっている。そこから汲み取るのことのできる現代のリアリティとは? 文筆家・北出栞が2020年代のアニメ作品から、セカイ系の新たな様相を探る。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.161に掲載のコラムを転載したものです。


アニメはもはや「セカイ」を描くのに適さない?

「社会」でも「現実」でもなんでもいいが、そうした一元的な対象に作品の鑑賞体験が絡め取られてしまう現在への批判意識が、セカイ系という概念(ないしは「セカイ」という表記に込められた感覚)には内在していることをこの連載では描き出してきた。第1回では「現実」と「虚構」の波打ち際に座り、沈黙を貫く『シン・エヴァ』ラスト直前の碇シンジの姿を、第2回では『進撃の巨人』個々の登場人物が抱える世界への対峙の仕方=「セカイ」のシンメトリー/反復構造を通して。しかし、両シリーズはともに前時代から続いた作品の完結編であり、100パーセント「現在の」作品を取り上げられていなかったのは事実である。

アニメ作品というのはそれを視聴する環境と切り離せないものだ。SNSが普及した2010年代以降は、出演声優がアイドル的な動きをしたり、リアルイベントが必ず盛り込まれたりといった形が定番化している。コロナ禍を経ても大勢は変わらず、画一的な「熱狂」や「現場感」は依然として重視される傾向がある。それは増加し続ける作品数とスマホゲームなどに奪われる可処分時間に対して、視聴者のアテンションを高め続けるための方策なのだ。

四方をアテンションエコノミーに取り囲まれ、孤独に作品と向き合うことを許さない構造が現在のアニメに埋め込まれているのだとしたら、もはやアニメは「セカイ」を描くのに適さないメディアなのではないか?

結論から言うと、決してそんなことはない。しかしそれはTVシリーズやオリジナル映画の中にあるとは限らないのだ。

ミュージックビデオ的想像力

PEOPLE1「銃の部品」のミュージックビデオは、実写とアニメを混在させた映像作品だ。明朝体のテロップといいティーンエイジャーの心象風景と怪獣が箱庭的な街を破壊するさまを重ね合わせるアニメパートといい、庵野秀明作品を露骨にリファレンスとしている。作画を手がけたのが2005年生まれの現役高校生(!)らしいことも驚きだが、特筆すべきはそのテンポ感とストーリーテリングである。ワンルームで作中作を描く絵描き、原稿用紙を散らかしながら歌う演者、そしてアニメーションが入れ子構造をなし、それが3分足らずの間に目まぐるしくスイッチする。

歌詞の中では<小さな世界>というフレーズが繰り返され、最終的に<今僕らが何者で これから何者に変わっていっても 別にいいだろう>と歌われてワンルームから広い場所に出る。そこで〆とならずに、役目を終えたアニメのキャラクター(アニメパートで主人公に打ち倒される怪獣)が可愛らしく目を瞬かせながら起き上がるところで終わるのもいい。ここでは現実と虚構、実写とアニメが明確に線引きされつつ、しかし完全に等価なのだ。

PEOPLE1「銃の部品」

『RE:cycle of the PENGUINDRUM』は2011年放送のTVシリーズ『輪るピングドラム』を前後編の劇場版として再構築したものだ。詳細は省くが、「運命の乗り換え」をキーワードに詩的な抽象性と現実社会を反映したテーマに橋を渡す、広義の「セカイ系」的ストーリーテリングを備えた作品である。

前項からの流れで特筆したいのは、劇場版で新たに参加したミュージックビデオ領域での評価も高い映像作家・田島太雄(本作での役職は「VFX」)による仕事だ。陰影にデジタル処理を施しオブジェクトの輪郭線をはっきりさせた実写の背景がゆったりとスライドするなか、作画されたキャラクターたちが望遠で捉えられ、自然にその中に溶け込んでいる。もともと『輪るピングドラム』は現実の都内の風景を精密にロケハンした作品だったが、10余年を経て鑑賞する私たちの意識をチューニングするように、(前編では)冒頭と中腹でこうした映像が挿し込まれている。静止画の連なりであるアニメーションという不連続な芸術の間に連続的な実写映像が挟まることで、現実/虚構の境界線がリズム感覚の中で揺らがされるのだ。

劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』
『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM[後編]僕は君を愛してる』監督:幾原邦彦/原作:イクニチャウダー/声の出演:木村昴、木村良平、荒川美穂ほか/2022年7月22日より全国公開 (C)2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

かつて「セカイ」を肯定する態度は画面の中の世界と孤独に向き合う姿勢と結びついていた。作品を「観終える」ということと画面の中の世界が「終わる」ことが重なっていたのだ。しかしスマホ・PC・TV……と無数の画面に目移りせざるを得ない現代においては、画面の中の世界と、私たち自身の生きる現実はフラットに並ぶ。そんな時代において『シン・エヴァ』は一方向的な上映時間の最後に実写とアニメを重ねたことで「虚構から現実に出よ」というメッセージを受け取る余地を残してしまった。

虚構と現実のフラット化により喪失した「セカイ」を回復するという見地に立ったとき、必要なのは両者を軽やかに行き来する自分なりのリズムを見つけ出すことだ。そのために、最外縁のフィールドとしてSNSのような言説空間を想定する必要はない。作品体験の過剰な言語化は、虚構に対して現実を優位に置き、「外へ出る」という思考に人を縛りつける。音響やカット割りのリズムなど、言語化が難しい要素をベースに鑑賞の仕方を組み立てることで、そんな思考に対するオルタナティブが拓けるのではないかと考えている(『プロジェクトセカイ(※1)』『十五少女(※2)』など、楽曲という単位を「セカイ」に見立てた世界観を展開する音楽×2次元キャラクター系のプロジェクトが同時多発的に出現していることは、この着想を裏支えする事実であるように思える)。

「セカイ」は言語化以前の感覚として存在すると改めて思う。その感覚を縁取る言葉の探索(という、ある種の矛盾した行為)を、筆者はこれからも続けていく。

※1 セガ×Colorful Paletteによるスマートフォンゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』のこと。「本当の想い」が「歌になる場所」として「セカイ」という舞台が設定されている。
※2 エイベックス、講談社、大日本印刷の3社が共同で展開する「音楽×仮想世界プロジェクト」。「十五少女」をアーティスト名に掲げる15人組のバーチャルアーティストが活動中であり、「彼女たちが生きる世界は、このセカイの形をしたまた別の世界」(公式サイトより)なのだという。


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  • 劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』

    『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM[後編]僕は君を愛してる』

    監督:幾原邦彦
    原作:イクニチャウダー
    声の出演:木村昴、木村良平、荒川美穂ほか
    2022年7月22日より全国公開
    (C)2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

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