『シン・エヴァ』に描かれた「セカイ」の原風景【セカイは今、どこにあるのか?】第1回

2022.9.11
セカイは今、どこにあるのか?|第1回『シン・エヴァ』に描かれた「セカイ」の原風景

文=北出 栞


2000年代の初頭に生まれた「セカイ系」という言葉は、「主人公の自意識の問題と、<世界の終わり>のような破滅的展開が短絡的に結びつけられる」作品への揶揄的な表現として使われてきた。しかし2022年現在、スマホゲームや広告などで再び「セカイ」という表記が頻繁に使われるようになっている。そこから汲み取るのことのできる現代のリアリティとは? 文筆家・北出栞が2020年代のアニメ作品から、セカイ系の新たな様相を探る。 

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.159に掲載のコラムを一部修正の上転載したものです。


「セカイ」という表記に込められたリアリティ

「卵を割って、セカイを変えろ。」
「同じ空の下、私たちは違う階層(セカイ)を生きている」
「ワタシがすき。セカイがすき。」
「ようこそ、セカイへ!」

上から順に、TVアニメ『ワンダーエッグ・プライオリティ』(2021)のキャッチコピー、実写映画『あのこは貴族』(2021)のキャッチコピー、医療脱毛を提供する「アリシアクリニック」の広告(2021~)、スマートフォンゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ!feat. 初音ミク』(2020~)公式ホームページに記載の文言

10代を中心に絶大な人気を誇るスマートフォンゲームから、医療脱毛の広告まで。最近、「セカイ」という表記を見かける機会が多くなった気がする。以前はそんな表記を使おうものなら、ポエム的だと笑われたりしたような気がするのだけれど。最近の「セカイ」はとても軽やかで、その表記でしか捕まえることのできないリアリティの存在を、堂々と主張しているように思えるのだ。

セカイ系という言葉がある。検索上位に表示されるウェブ記事を覗けば、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)をひな型として、「主人公の自意識の問題と、<世界の終わり>のような破滅的展開が短絡的に結びつけられる」ことを揶揄的に表した言葉として、2000年代の初頭に生まれたとの記述が見受けられるだろう。それが後に、恋愛を主軸にした(主にアニメ・ゲーム・漫画の)作品に適用されるようになり、「<きみとぼく>の小さな出来事が、社会や組織などの中間領域を挟まず、<世界の終わり>のような大きな出来事と直結する」構造を備えた物語を指す言葉として定着するようになった、ということも。

おそらく、最初に挙げたいくつかの事例の担当者は、こうした文脈を意識せずに「セカイ」という表記を使っている。しかし、その表記が選ばれる背景には、時を隔てた共通の根拠があるような気がする。

セカイ系という言葉が生まれた2000年代初頭はインターネットが普及しはじめた時期。「世界中とつながれる」とは言ったものの、データ容量も伝送速度も現在とは比較にならないほど貧弱で、そのもどかしさが「届くはずなのに、届かない」という独特の感覚を育んでいた。当時中学生だった自分にも覚えがあって、そこでやり取りされるメッセージには確かに「セカイ」とでも呼びたい質感があった。

手元のディスプレイに映る他愛もないやり取り(小さな出来事)と、それが遠い距離を経て「どこか」に届けられることへの期待(大きな出来事)の同居。思えば、セカイ系の代表例として挙げられることの多い新海誠の短編アニメ『ほしのこえ』(2002)は、「世界っていう言葉がある。私は中学のころまで、世界っていうのは携帯の電波が届く場所なんだって、漠然と思っていた」というモノローグからはじまるのだった。

SNSが全面化し、少しでも曖昧な言葉づかいをしようものなら即座にツッコミが飛んでくるような今の世の中では、かつて「世界」という言葉が持ちえていた微妙なニュアンスを共有することは、とても難しくなっている。コロナ禍という「世界的危機」が訪れたことも、それに拍車をかけているかもしれない。「現実」と「ソーシャル」と「世界」の意味するところはぴったりと重なり、「ソーシャル・ディスタンス」という言葉とは裏腹に、その適切な距離感を失っている。「セカイ」という表記の同時多発的な出現には、かつては「世界」という表記で共有されていた感覚を今の時代において取り戻そうという、儚い抵抗の意思すら感じるのだ。

この短い連載では、こうした状況を背景にした新たな「セカイ系」のあり様を考えていく。それは、かつての<きみとぼく><社会><世界の終わり>というトライアングルに必ずしも依拠しない。「セカイ」という表記が持つ独特のリアリティにこだわり、それを備えた作品群が織りなす「系(シリーズ)」を「2020年代のセカイー系」として捉えていきたいのだ。

碇シンジが見つめる水平線の先に

セカイは今、どこにあるのか?|第1回『シン・エヴァ』に描かれた「セカイ」の原風景
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』企画・原作・脚本・総監督:庵野秀明/声の出演:緒方恵美、林原めぐみほか/配給:東宝、東映、カラー/2021年3月8日全国公開 (C)khara

その最初の一歩としてぴったりなのが、セカイ系の始祖とされる『新世紀エヴァンゲリオン』と、その完結編として昨年公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の結末の比較である。

前者はTVシリーズの最終回で「今まで目に映っていた世界は、ただの描かれた線にすぎない」ということを暴き出し、また劇場版では観客の姿を画面の中に映し出すなどして、虚構的なアニメーションの世界から、私たちの肉体がある「現実」というものに帰ることを促していた。一方で後者は、ラスト付近で旧作と同様に画面の中の世界がモノクロの線画に還元されそうになるが、すんでのところで待ったがかかり、画面に色彩が戻ってくる。

その後、エピローグ部分の映像がアニメーションと実写が混ざり合った状態になっていたことに象徴されるように、もはや「現実vs虚構」という対立軸はフラット化されている。これを旧作と同じ「現実へ帰れ」というメッセージと受け取った人は多かったが、重要なのはその直前に、現実とも虚構ともつかない、あの青空と海だけがある空間が描かれていたことだ。あれこそがこの連載をはじめるにあたって改めて記憶しておきたい「セカイ」の原風景である。

加えて主人公・碇シンジの、あの黙して語らず、水平線をただ見つめている姿も忘れずにおきたい。エピローグ部分で描かれたフラットな世界は、万人が等しくアカウントを持ち、並列的な発信者となる現代の風景とも重なる。「シンジ君」の代名詞だった自意識の悩みの吐露は、2022年現在の情報環境では真っ先に冷笑とツッコミの餌食になってしまうだろう。「セカイ」に向けたつぶやきは、誰にも聞かれることがあってはならないのだ。

そう、私たちはまず、沈黙からはじめなければならない。シンジが見つめた水平線の先に、なおも新しく言葉を紡ぐことはできるのか。「2020年代のセカイ系」を語ろうとすることは必然的に、この「わかりやすく」「フラットな」言葉づかいばかりが求められる時代において、「わかりにくく」「曖昧な」言葉の所在を探ろうとする試みでもある。『QJWeb』のスペースをお借りして繰り広げられるこのささやかなトライアルに、今しばらくおつき合いいただければ幸いだ。

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  • セカイは今、どこにあるのか?|第1回『シン・エヴァ』に描かれた「セカイ」の原風景

    『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

    企画・原作・脚本・総監督:庵野秀明
    声の出演:緒方恵美、林原めぐみほか
    配給:東宝、東映、カラー
    Amazon Prime Videoにて見放題独占配信中
    (C)カラー/Project Eva. (C)カラー/EVA製作委員会 (C)カラー

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