エイドリアン・トミネが描く、イタくて愛らしい男の人生航路『長距離漫画家の孤独』

2022.9.21
エイドリアン・トミネ『長距離漫画家の孤独』

文=足立守正


2022年5月、『サマーブロンド』『キリング・アンド・ダイング』の著者として知られるエイドリアン・トミネの自叙伝『長距離漫画家の孤独』(国書刊行会)の日本語訳版が発売された。「ニューヨーカー」誌の表紙を手掛け、著作が映画化されるなど、いまアメリカで最も活躍しているマンガ家といえるエイドリアン・トミネが名声を手に入れるまでの困難や葛藤をユーモラスに描いた作品だ。

マンガ家にとって自叙伝とはどのような存在なのか、考察する。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.161に掲載のコラムを転載したものです。


マンガ家の自叙伝は人生の休止符なのか

ジャック・オディアール監督の新作『パリ13区』を観た。面白く思ったのは、さまざまな角度から居所の悪そうな人たちを撮ってばかりいるこの監督が、同じく居所の悪さに執着するマンガ家の、いくつかの短編を原作にしていること。しかも、そのシャイなマンガ家が全然描きそうにない、汗ばんだ裸が何度も浮かび上がる、肌色成分の多い(モノクロ映画なので正確ではないが)作品だったこと。

そのマンガ家は、現在のアメリカのマンガ界を代表する、と知ったかぶって書いても問題ないほど高い評価を得ている、エイドリアン・トミネ。日本のマンガにも、徐々に影響を落としはじめているのかな。『CONFUSED!』(サヌキナオヤ)や、『Lost Lad London』(シマ・シンヤ)の表紙を眺めて思ってみたり。

新作『長距離漫画家の孤独』(長澤あかね・訳)は、天下のトミネの自叙伝だが、内容はというと、ちょっとした人の意見や批評や態度に、毎度ズバズバと傷つきまくる、イタくて愛らしい男の人生航路。日系アメリカ人である父母から受け継いだトミネ(遠峯)の発音は、ご当地では難しいらしく、何度も読み間違われるこまめな屈辱がおかしい。その所作はまるで、チャーリー・ブラウンだ。

気まずい空気を描かせたら絶品だが、経験の賜物と知れた。しかし、氏の作品を早くに知る機会のあった者にとって、気まずさはひとしおだ。作中で、ダニエル・クロウズからの影響を指摘され傷つくトミネだが、当初は俺も「クロウズのパチモノ」と思ってたからね。今はそんなことない。この作品を読んだら尚更だ。悪かったよトミネ。

日本では、やたらとマンガ家が主人公のマンガが多く、大家の自叙伝的なマンガも多い。そうした作品は、その作家の休止符の趣があり、読者もその後の見方が変わったりする。本作は、めずらしい海外の作品例だが、これもまた(「長距離マンガ家」という言葉に引っ張られてか)作家が自らを振り返る休息時間を封じ込めたように感じられる。休んで、また描きはじめる。その瞬間を鮮やかに捉えた場面は、異常とも言える装丁にも関わってくる。「本っていう物質はホントに面白い」と、実感する。

ところで『パリ13区』を観て、トミネは傷ついたのかな、傷ついてほしいなと思いを馳せるが、割と気に入ったらしいとの話も伝え聞く。全然違う話になっちゃった『オールド・ボーイ』(パク・チャヌク監督)の試写の直後、原作者の狩撫麻礼がガッツポーズをとったという逸話を思い出したりした。


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