『ドライブ・マイ・カー』が米アカデミー賞で快進撃。濱口竜介を紐解く3つのキーワードと「新しい監督像」

2022.3.26


濱口竜介を紐解く3つのキーワード

ここからは、濱口竜介監督を3つのキーワード「コミュニケーション」「演出」「時間」から紐解いていく。

■1:役者を安心させる「コミュニケーション」

「(濱口さんの)ずっと変わらないところは人柄ですね」(※2)

2008年に『PASSION』で初めて濱口組に参加し、『偶然と想像』で再び主要な役を演じることになった俳優の占部房子は、インタビューでこう語った。

『偶然と想像』は最初の緊急事態宣言が明けた2020年6月に撮影されたが、その際に濱口監督は、演者やスタッフの家族の状況や健康状態に隅々まで気を配りながら、キャスティングや撮影準備に臨んでいたという。

作品の規模が大きくなるほど、監督自身が演者と綿密なコミュニケーションを取ることは難しくなるけれど、『ドライブ・マイ・カー』の撮影中もこの姿勢は変わらなかった。演劇祭のプロデューサー役を演じたジン・デヨンさんは、メイキングでこんなことを漏らす。

「濱口さんは『今日は困ったことはないですか?』って毎日聞いてくれました。いろいろ忙しいのになんでこんなに細かいことも気にしてくださるのかなって」(※3)

メイキング映像ではほとんどの役者がこのことに言及していて、その姿勢がいかに特別なことなのかがわかる。

『ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 Blu-rayコレクターズ・エディション(2枚組)』
『ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 Blu-rayコレクターズ・エディション(2枚組)』/TCエンタテインメント

■2:本読みを基調とした特別な「演出」法

「人が喋っているのを撮るだけで、十分いい映画になるはず」(※4)

過去にこうした発言をしている濱口監督は、どのように演出すればカメラの前でも人が自然な状態で話すことができるかを試行錯誤しつづけている。その結果として生まれた演出法がある。俗に「濱口メソッド」と呼ばれているものだ。

これは、撮影前に演者間で台本を読み合う「本読み」の作業を何度も重ねる演出法。その際に、ただセリフを口にするのではなく、ニュアンスや感情を抜いて読むことが求められる。そして本番になってようやく、役者は自由さを取り戻して演技する。事前に演技プランを固定してしまうのではなく、その場に来て初めて新鮮な感情を伴った演技をしてもらうために生み出された方法だ(濱口監督の演出メソッドは、フランスの映画監督ジャン・ルノワールが実践していたという「イタリア式本読み」を模範としている)。

なぜ、一見回りくどくも見えるこのような演出をするのか。その理由は、濱口監督の以下の言葉に集約されると思う。綿密なコミュニケーションと同じく、常に役者を演じやすい状態に持っていく努力が感じられる。

「『安心してもらうこと』『勇気づけること』。とてもあやふやなことだけれど、撮影準備の段階において僕やスタッフがしていたことは、結局のところこの二つに集約される」(※5)

『カメラの前で演じること』
『カメラの前で演じること』濱口竜介、野原位、高橋知由/左右社

■3:必要じゅうぶんな「時間」を費やす

『ドライブ・マイ・カー』の上映時間は2時間59分。映画といえばだいたい2時間のものが多いが、濱口監督作品ではこの長さは珍しいことではない。4時間15分の『親密さ』(2012年)や、5時間17分の『ハッピーアワー』(2015年)という作品もあるのだ。

これらの作品を観た人ならわかるだろうが、ダラダラと長いのではなく、「この長さは必要」だと感じるものばかり。でも、なぜこんなにも長い映画を撮ろうと思うのだろう。

「ある決定的な言葉に近づいていくとき、やはり階段みたいなものがあって、その階段の数だけ自然と言葉が増える」(※4)

物語にとって必要な言葉や展開に辿り着くために、じゅうぶんな量の言葉と時間を重ねるということ。これはまた、役者を安心させるコミュニケーションと特別な演出法によっても実践されているのだろう。

濱口竜介が提示する「新しい監督像」

映画監督といえば、現場で怒号が飛び交っていたり、威厳があって近づきにくかったりする印象を抱くかもしれない。確かにそういう監督はいるだろうが、『ドライブ・マイ・カー』のメイキング映像に映る濱口監督はまったく違うようだ。役者やスタッフに誰よりも気を配ってまわり、撮影準備に必要な時間をかけ、役者のクランクアップ時には心から感謝の言葉を伝える。時には涙を流す場面もあった。

濱口監督について、西島秀俊はこう言葉にする。

「俳優の演技のためにこれだけのことをしてくれる監督は、まぁいないでしょうね。だから、世界中の俳優は濱口さんとやるべきだし、やって誰もが感動すると思います」(※3)

役者やスタッフとの信頼関係が、作品の完成度を高めることにつながり、世界で評価される作品になっているのは確かだ。濱口監督はこれからも「新しい監督像」を提示しながら、我々を驚かす傑作を生み出してくれるに違いない。

※2:『キネマ旬報 2021年12月下旬号 No.1881』キネマ旬報社/2021年
※3:『ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 Blu-rayコレクターズ・エディション(2枚組)』/特典映像『DOWN THE ROAD The Making of “DRIVE MY CAR”』
※4:『映画はどこにある インディペンデント映画の新しい波』寺岡裕治、森宗厚子 編/フィルムアート社/2014年
※5:『カメラの前で演じること』濱口竜介、野原位、高橋知由/左右社

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原 航平

(はら・こうへい)ライター/編集者。1995年生まれ、兵庫県出身。映画好き。『リアルサウンド』『クイック・ジャパン』『キネマ旬報』『芸人雑誌』『メンズノンノ』などで、映画やドラマ、お笑いの記事を執筆。 縞馬は青い

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