今、改めて考えたい「心のケア」。阪神・淡路大震災の最前線で尽力した精神科医・安克昌の姿から学べること

2021.1.30


「誰も、ひとりぼっちにさせへんてことや」

映画では安克昌が生涯をかけて「心のケア」と向き合ってきた姿が描かれている。

再現された神戸の街並みや被災当時の様子、在日韓国人という出自に悩みつつも力強く生きようとする姿、妻(尾野真千子)や子供への惜しみない愛情など、見どころは多くある。

映画では、安和隆というひとりの人間の人生が描かれている

中でも特に印象に残るのは、がんが発覚し余命わずかとなり、入院せずに家族と過ごそうと決めた和隆が、妻や母親と散歩に出かけるシーンだ。歩く体力もなくなった和隆を乗せた車椅子を母(キムラ緑子)が押し、そのあとを臨月の妻がついてゆく。

見事な落ち葉を手に取る妻を、慈しむような眼差しで見つめながら、和隆は「『心のケア』って何かわかった」とぽそりと、しかし力強く呟く。

このあとにつづく言葉は、「誰も、ひとりぼっちにさせへんてことや」。

この言葉に反映されているのは、以下の文章に込められた安克昌の思いではないだろうか。

日本の社会は、人間の「力強さ」や「傷つかない心」を当然のこととしてきた。(中略)しかし阪神・淡路大震災によって、人工的な都市がいかに脆いものであるかということと同時に、人間とはいかに傷つきやすいものであるかということを私たちは思い知らされた。今後、日本の社会は、この人間の傷つきやすさをどう受け入れていくのだろうか。傷ついた人が心を癒すことのできる社会を選ぶのか、それとも傷ついた人を切り捨てていくきびしい社会を選ぶのか……。

『新増補版 心の傷を癒すということ』258ページ

安克昌が望んだのは、前者の「傷ついた人が心を癒すことのできる社会」に違いないだろう。

映画を通して、観客一人ひとりが「心のケア」について自然と思いを巡らせているはずだ

昨年以来、コロナ禍により社会は激変した。阪神・淡路大震災から26年、「心のケア」という言葉は広まったが、それにより今また再び「つらい」と言うことにハードルがある時代になってないだろうか。「つらい」と思っている人を責めたり置いてけぼりにしたりする社会になってないだろうか。

この映画が伝えるのは、人は傷つくものだし傷つくのは弱いせいではないし、恥ずかしいことでもないということだ。そして何より、「つらい」気持ちは、それを受け止める人がいてくれるから吐き出せる。それを身をもって示した人がいたことを、この映画と本は教えてくれる。


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  • 映画『心の傷を癒(いや)すということ《劇場版》』

    2021年1月29日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
    原案:安克昌『心の傷を癒すということ 神戸…365日』(作品社)
    主題歌:森山直太朗「カク云ウボクモ」(UNIVERSAL MUSIC)
    脚本:桑原亮子
    音楽:世武裕子
    出演:柄本佑、尾野真千子、濱田岳、森山直太朗、浅香航大、清水くるみ、上川周作、濱田マリ、谷村美月、趙珉和、内場勝則、平岩紙、キムラ緑子、石橋凌、近藤正臣
    配給:ギャガ
    (c)映画「心の傷を癒すということ」製作委員会

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