ハードルを下げるのが抜群にうまい
漫画家はしばしば、神格化され過ぎていたりする。もちろん週刊連載をこなすなんて超人の所業だし、絵も描けて物語も作れるなんてリスペクトせざるを得ないのだが、それにしてもだ。僕も含めてファンは、なんでもないひとコマに対して深読みしてしまい、勝手に作者を上げ過ぎてしまうことがままある。これにより、作品のハードルはどんどん上がる。その点、芥見下々はハードルを下げるのが抜群にうまい。
既視感どころか、もはや“まんま”なときがある。キャラクターデザインや必殺技、特殊能力の設定なんか、もう本当にそのまんまだったりするのだ。しかし芥見下々は、もととなる作者へのリスペクトを公言したり、作中にそのキャラ名を平気で出したりする。「パクリだ!」なんて言ったらもはや野暮。「どこでもドア」(『ドラえもん』)や「志々雄真実」(『るろうに剣心』)が出てきても、「呪術廻戦なら仕方ない」と思わせるところまで持っていっているのだ。なんなら「このキャラは何がモチーフでしょう?」と推理する別の楽しみ方を与えてくれているような感覚にさえなる。
ロジカルなバトルシーンについてもハードルを下げている。作中最強の五条悟の特殊能力は、「無限級数を収束させてなんたらかんたらで、その逆のエネルギーがなんちゃらで、それを衝突させてどうたら……」と、とにかく小難しい。マンガで見ると「よくわかんないけど、カッケー!!」と思わせてくれて非常に魅力的。だが、冷静に考えると、本当によくわからない。
自分にはわからないけどほかの読者はわかっているのかな、これからもっともっと難しい技が登場するのだろうな……そう不安になったりするのだが、当の芥見下々は、コミックスのおまけページ(8巻など)で、自分でもちゃんと理解していないことをあっけらかんと明かしている。なんてアホの読者に優しいのだろう。ちゃんと僕たちに合わせた目線でいてくれるのだ。と同時に、「これから小難しいことやって矛盾するかもだけど勘弁ね」と免罪符まで手に入れている。
多少パクっても許され、矛盾してもそれもご愛敬。『呪術廻戦』はもう無敵の域に達している。
マツコ・有吉に通ずる公平性
誰かの不満や愚痴がSNSなどで垂れ流される現代、優しさや寛容な心に飢えている人は多い。エンタテインメントにおいて、相手の立場を思いやる、客観的な立場で見る、つまり公平性は、人気を集める重要なファクターになっている。
バラエティで天下を取っている有吉弘行やマツコ・デラックスはまさにそうだ。いつだったか『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)で、「試着室で着た服をSNSに載せる人に怒りを覚える」という視聴者投稿が紹介された。こうした行為に声を荒らげるのはふたりの得意とするところかと思いきや、このときのマツコは「生意気なことは言えないけど、『広告効果を考えるとタダで着てるからダメ』とも言えない時代だったりする。だから難しい」と客観的な意見。さらに有吉は、「モラルが負けていくのは悔しいけどね」とSNSに上げる人を許容しつつ、あくまで投稿者に寄り添っていることを強調した。
『呪術廻戦』は、その公平性が主軸に置かれた作品なのではないか。キャラクターが相手の立場を思いやれる、もしくは、芥見下々がそれぞれのキャラクターの立場になって考えているという公平性だ。
少年院で虎杖たちは、無免許運転(2度目)で女児を轢いた受刑者の遺体を発見する(1巻6話)。虎杖は遺体を遺族のもとに届けようとするが、呪術師の伏黒恵は「ただでさえ助ける気のない人間を 死体になってまで救う気は俺にはない」「自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする」と虎杖を止める。
とにかく人を救いたい虎杖はど真ん中の主人公で、対する伏黒は一時の感情に流されず、正義を選別する。そんな伏黒に「人を許せないのは悪いことじゃないよ それも恵の優しさでしょう?」と声をかける伏黒の姉・津美紀の言葉も公平であろうとしている。
直情型の虎杖の相手を思いやる気持ちは公平だ。壊相&血塗との戦闘シーン(8巻62話)。結着間際、兄弟を思って涙を流す壊相に、虎杖は「ごめん」と呟いてトドメを刺す。ただの化け物と思っていた相手にも事情があることを知ってしまう。のちに壊相と血塗の兄である脹相が仇討ちにやってくる(12巻102話)のだが、脹相の「(壊相たちは)何か言い遺したか?」の質問に虎杖は俯きながら「泣いてたよ」と正直に明かす。呪いを倒すという使命と、困っている人を助けたいという思いからくる矛盾。この葛藤から逃げずに、虎杖はどういう結論を出すのだろう。
ほかにも、一般社会と呪術界を公平に見て呪術師を選んだ七海建人、人間の目線を持つ呪骸のパンダ、「不幸なら何しても許されんのかよ 逆に恵まれた人間が後ろ指刺されりゃ満足か?」と弱者と強者をフラットに見る釘崎野薔薇など、さまざまなかたちの公平を持つキャラが登場している。
『呪術廻戦』はいろいろな立場に立つことのできる作品。ポンポン首は飛んじゃいるけど、自分にも相手にも優しいマンガだ。
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