考察『鬼滅の刃』シリーズを連載中のライター・多根清史が興奮している。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』がすご過ぎるのだ。なぜこんな傑作が生まれたのか、感動に震えながら、呼吸を整えながらの必死の考察です。
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お館様はこういうことをする人!
うまい!うまい!うまい! 上映中の館内でそんなこと声には出せなかったが、鑑賞中は心の中で叫びっぱなしだった『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。わずか2000円足らずの入場料と引き換えに、これほど幸せに満ちた経験をしていいものかと戸惑いさえ覚えるほど。
16日の公開初日から3日間で興行収入が46億円を突破、わずか3日間であらゆる記録をぶち抜きつつあるという本作。徹底的に換気が行き届いた劇場施設の充実ぶり、上映日によってはひとつずつ席を間引くという感染対策の徹底ぶり。広々とした空間で清浄な空気を呼吸しつつ(マスク着用済み)この大規模シネコンで半分以上のハコは『鬼滅』がかかっているのだなあ……と感慨に襲われたりもした。
が、あえて言おう。そんなブームが全国的だろうが超ド級だろうがどうでもいい。原作を何度も何度も読んだ一読者として、この素晴らしい映像化に心血を注いだスタッフの方々にありがとう、ウチの子をありがとう……とウチの子でもないのに感謝を語りたくてたまらない、それがすべてだ。
まず冒頭、いきなりオリジナルのシーンが入る(完全ネタバレ禁止だと何も話せなくなるので、本筋に踏み込まない範囲で許してほしい)。鬼殺隊を束ねるお館様が、鬼の脅威の前に散っていった隊員たちの墓参りをするくだりだが「原作で見た!」と心の中で呟いてしまった。
該当するシーンはまったくない。が、原作読者なら「お館様はこういうことをする人(亡くなった隊員の名前と生い立ちはすべて記憶している)」という確信があるはず。「なかったもの」に既視感があるほど、まるで鬼滅の世界を実際にロケして余さず取材し、完璧に再構築したセットの中にカメラが入っていっている感覚なのだ。
列車の客席からすき焼き弁当まで全方位にスキなし
しかし劇場版が「無限列車」編を映像化すると聞いたとき、期待が半分、不安が半分だった。炭治郎や善逸や伊之助らかまぼこ隊や禰豆子、それに煉?獄杏寿郎らがバランスよく見せ場がある配分はよし。なおかつ敵側にも重大な転機が訪れるという絶妙な位置づけだ。
が、舞台のうち少なくとも半分はタイトルどおり(劇中の現実世界では)列車の中だ。物語のツカミは地味だし(列車に乗って話をするだけ)激闘を繰り広げるには空間的に狭いし、違和感なく成立させられるのか? 原作マンガ読者はいろいろ脳内補完していただけに、落差にガッカリするんじゃないか……。
いきなり炭治郎らが走って列車に飛び乗るところからヨシ!とサムズアップ。原作では帯刀をめぐって駅員とひと悶着あったが(当たり前だ)そこに映像の尺を割いてる場合じゃないという決意の表れだろう。そして車内。他人の座席に分け入ってスゲー!とはしゃぎまくる伊之助、それぞれ思い思いの時を過ごす乗客たち。
密閉された空間ながらも広さと奥行きある不思議な感覚が、「客席は完全3DCG、乗客は作画」と凄まじく面倒くさい手間暇をかけているのを知ったのは、あとでパンフレットを読んだときのこと。ここに労力を注ぎ込んで没入感を覚えさせることは、2時間以上も夢(アニメ)から醒めさせないためには大正解でしょう。
原作ではなかった車内の風景が大幅に追加されたことで、鬼殺隊が守るべき「社会」さえ立ち現れている。原作の読者が「こうじゃないかな」とふんわり感じていた最大公約数的なイメージを、映像のプロたちが並外れた解像度で描き切っていて、原作ファンも粗探しどころではなく「お客」になりきれる。うるさがたの“鬼滅警察”が突っ込むスキがないのである。
そして「うまい!うまい!」と弁当を食う感動を叫び倒す変人、いや煉獄杏寿郎の登場。この時点では意思疎通できそうにない変人としか言いようがない煉?獄さんだが、一心不乱にかき込んでる弁当の中身に注目。
これが公式ファンブックでは牛鍋弁当、つまりすき焼き弁当と明かされていたのだが、原作では弁当箱の底しか見えず、中身は「初の映像化」だったりする。具はぎっしりと充実、牛肉はいい感じにタレがしみ込んでる色合いで、実にウマそう。制作スタジオのufotableは『衛宮さんちの今日のごはん』という料理アニメ(?)も手がけているのだが、その経験値がここで炸裂するとは……。煉?獄はウマさに無我夢中になり、炭治郎らとの会話がかみ合わなくてもしょうがないという説得力さえある。
そしてバトルが始まるや、煉?獄が車内狭しと駆け巡り、目にも止まらぬ刀さばきが鬼を切り刻む。当時の蒸気機関車の狭さを考えればどう見てもおかしいのだが、なにしろ車内の情景が丁寧に描き込まれていて情報量がむせるように凄まじく、脳の処理が追っつかず違和感が遥か後方に置き去りにされてしまう。おそらく、徐々にこの車内は炎柱の脚力で走り回れるほどに広い空間なんだと観客の感覚を狂わせる誘導をしているはず……本作の監督、血鬼術使いでは?
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