『鬼滅の刃』炭治郎「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」を真剣に考察したい

鬼滅の刃サムネ1

文=多根清史 編集=アライユキコ


ついに連載が完結した『鬼滅の刃』。まだまだ浸っていたい傑作漫画の世界を、ライター・多根清史が考察するシリーズをスタート。まずは、炭治郎の「長男力」に多角的に迫る第1回。

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『鬼滅の刃』(特装版)<21巻>吾峠呼世晴/集英社
7月3日発売『鬼滅の刃』(特装版)<21巻>吾峠呼世晴/集英社

最悪の状況で己を鼓舞する「長男力」

「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」

これぞ今をときめく超人気マンガ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎の人となりを象徴している名セリフ。ネットでは冗談めかしてミーム化している感もあるが、本当にこのひと言に主人公ばかりか作品の魅力がギュッと集約されているといっても過言ではない。

本セリフは直前の戦いで肋(あばら)と足の骨を折る重傷を負い、その傷が癒えない身体で元十二鬼月である響凱の猛攻を凌ぐなかで発せられたモノローグ(心の中での呟き)だ。そもそもバトル漫画で「前回のダメージを引きずっている」というムゴさが鬼滅の異例さを象徴していたりするが、それはさておき。

十二鬼月とは、諸悪の根源たるラスボス鬼舞辻無惨に直属する最強の鬼たち。「元」とはいえ並みの鬼殺隊士では相手にもならない強敵に対して、当時の炭治郎は正規の任務に就いたばかりでぺーぺーもいいところ。ここで逃げては巻き込まれた一般人も死ぬので立ち向かうしかないわけだが、そこで踏ん張る理由が「長男だから」である。緊迫した状況にあって最もあり得ない言葉だけに、『週刊少年ジャンプ』での『鬼滅の刃』セリフ人気投票(2018年27号)でも第1位に選ばれたこともある。

なぜなのか。それは竈門炭治郎が本当に「長男」だから。炭焼きの家の子で、6人家族の長男だ。時代が大正時代という設定だけに、長子相続やらイエ制度と絡むと生臭くなってしまうが、そもそも相続すべき財産も何もないのである。

しかも父親が早逝してしまったため、13歳で稼ぎ頭にして一家の大黒柱。母子家庭で兄弟たちの生活が炭を運ぶカゴごと両肩にかかっており、長男というのはうま味がまったくなくて重荷でしかない。おそらく現代っ子が同じ境遇に置かれれば、家出して身軽になろうとするのは間違いなしだ。

そんな「長男」の立場を苦にもせずに誇りと思える心優しき少年・炭治郎は、戦う前からすでにヒーローだったのである。

『鬼滅の刃』<3巻>吾峠呼世晴/集英社
第24話「元十二鬼月」所収の『鬼滅の刃』<3巻>吾峠呼世晴/集英社

「長男力」こそが鬼と戦う動機となる

そして「長男力」こそが、炭治郎が鬼と戦う最大の動機である。この世の何よりも大切にしてきた家族が鬼に惨殺され、ただひとり生き残った妹の禰豆子も鬼に変貌してしまった。長男であることが妹の生存によりつなぎ止められ、妹を人間に戻すための手がかりを鬼との戦いの中で必死に探そうとする。ほとんどの隊士が命を落としてしまう対鬼組織・鬼殺隊に入ったのも「長男」だからである。

この長男力は一方通行ではなく、それに応える相手がいてこそ成立する。無惨の血を入れられて鬼と化した禰豆子は、普通であれば人を喰らうはずだったが、すんでのところで引き止めたのが炭治郎だった。喰らわれようとしながらも「頑張れ禰豆子 こらえろ頑張ってくれ」と呼びかけ、あまつさえ自分を救ってくれた冨岡義勇に「どうか妹を殺さないでください」と土下座。さらに自分が義勇に斬られても……と捨て身の賭けが、ついに禰豆子を「妹」に戻したのだ。

少なくとも序盤は並外れた嗅覚のほかは身体能力が飛び抜けていたわけでもなく、特殊な力を持っていたわけでもない。ごくごく普通の少年……いや二重の意味で「石頭」(物理的にも精神的にも)以外は主人公補正がなかった炭治郎が、厳しい修行を経たとは言え、その修行の成果を人を喰らっただけで軽々と超えていく鬼たちと対峙する上で、「長男力」はありったけの潜在能力や、その限界を超えた成長を引き出すための切り札となったのである。

『鬼滅の刃』<1巻>吾峠呼世晴/集英社
「どうか妹を殺さないでください」長男・炭治郎登場『鬼滅の刃』<1巻>吾峠呼世晴/集英社

鬼をも思いやる「長男力」

炭治郎の「長男力」は、最悪の存在でしかない鬼に対しても注がれる。外道には外道として容赦はしないが、その根本には彼らが「鬼にされた被害者」(例外もあるが)という認識や、虚しく悲しい生き物という哀れみがある。まさに自分の妹・禰豆子が鬼に「された」からだ。

望むと望まざるに関わらず、鬼は人を食って生きていくしかない。一度人を殺した以上は絶対に許されず、躊躇なく首を切る。その苛烈さは肉親も例外ではなく「禰豆子が人を食ったら、禰豆子を殺して自分も腹を切る」という誓約にも現われている。

そんな優しさと厳しさが表裏一体の「長男力」が凝縮されているのが、那田蜘蛛山での蜘蛛の鬼・累との戦いだった。家族に憧れていた累は、炭治郎と禰豆子の本物の絆を羨んで引き裂こうとする。それに対する激怒が刃に乗せて叩きつけられたが、戦い終わればノーサイドだ。

『鬼滅の刃』<5巻>吾峠呼世晴/集英社
那田蜘蛛山での蜘蛛の鬼・累との戦い。『鬼滅の刃』<5巻>吾峠呼世晴/集英社

「醜い化け物だ」と累の着物を踏みつける義勇に、「鬼は人間だったんだから 俺と同じ人間だったんだから 足をどけてください」と思いを語る炭治郎。累が言葉にしなかった、本当の家族との絆を自身の手で切ってしまった後悔を匂いで嗅ぎ取ったのである。

ほか、最後の瞬間に炭治郎の「長男力」に触れて、救われた鬼たちは何「人」もいる───鬼殺隊が鬼を「〜匹」と数えるなか、人だったと認める炭治郎が頑なに「〜人」と呼んでいたことも忘れてはならない。

仲間を感化して力を引き出す「長男力」

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多根清史

(たね・きよし)1967年、大阪市生まれ。京都大学法学部修士課程卒。著書に『ガンダムと日本人』『教養としてのゲーム史』、共著に『超クソゲー2』『超ファミコン』など。ゲームやアニメ、マンガからスマートフォンまで手がける雑食系ライター。

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