“多様な生き方”を肯定する映画『劇場』。激動の時代だからこそ「わたしの映画」になる

2020.7.17

改めて「多様な生き方」とは?

本作は又吉直樹による小説が、行定勲監督の手によって映画化されたものだが、原作を大切に扱いながらも、ラストには映画ならではの大きな脚色が施されている。泥臭く生きる永田を等身大で演じる山﨑賢人の全身でのアタックを、沙希の不器用な生き方を器用に体現する松岡茉優は長いキャリアに裏打ちされたテクニックで受け止める。演技のアプローチも違う彼らだからこそ、立ち上げられたカップル像がここにあるのではないだろうか。

小説だとどうしても自己実現を求める永田の視点に寄ってしまうが、映像化によってふたりが実体を得たことで、彼を支えようと、そして社会に順応していこうとする沙希の生き方もすくい取ることに成功している。

永田に尽くす沙希役を好演した松岡茉優

「表現者」にとって「表舞台」から降りるかどうかということは、“生きるべきか死ぬべきか”という言葉とイコールだと思う。しかし現在のコロナ禍によって「自己表現」や「自己実現」といったものは、これからより限られた者にしか目指せないものになるのではないかとも感じている。

本作で描かれる男女の「生き方」──つまり、異なる自分なりの生きる道を選択しているということは、今の私たちの生活を肯定してくれるものなのではないだろうか。“多様な生き方の肯定”については、本作が本来持っているものだと思うが、現在の環境下ではそれがよりいっそう強くなったと感じているのだ。

さまざまな捉え方ができるふたりの濃密な関係

当初は全国約300館規模での公開が予定されていた本作『劇場』だが、公開延期の末、公開規模は全国約20館と大幅に縮小されて封切られることとなった。つまり、本作を劇場で鑑賞したかったのにそれが叶わない方も出てくるわけだ。しかし新たな試みとして、公開日と同日にAmazon Prime Videoにて全世界への配信が開始された。

劇場で観るのが先か、配信で観るのが先か──これは画期的な試みだとも思える。『ROMA/ローマ』(2018年)や『マリッジ・ストーリー』(2019年)のように、配信作品ながら、劇場での限定公開に多くの観客が駆けつけた例もある。ミニシアターを中心とした公開のようだが、話題となれば大スクリーンに返り咲く可能性だってあるだろうし、ミニシアターでのロングラン上映なども考えられるだろう。これもまた、「多様な生き方」のひとつに思えるのだ。より広く届くであろう『劇場』は、多くの人にとって「わたしの映画」になるのではないかと信じている。

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  • 映画『劇場』

    2020年7月17日(金)全国公開/配信
    監督:行定勲
    原作:又吉直樹『劇場』(新潮文庫)
    脚本:蓬莱竜太 音楽:曽我部恵一
    出演:山﨑賢人、松岡茉優、寛 一 郎、伊藤沙莉、上川周作、大友 律、井口 理(King Gnu)、三浦誠己、浅香航大
    配給:吉本興業
    (c)2020「劇場」製作委員会

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