年間100本以上のお笑いライブに足を運び、週20本以上の芸人ラジオを聴く、20歳・タレントの奥森皐月。
今回は、年末年始にXでトレンドワードにも入った「こたけ正義感」の『弁論』が、なぜあれほどまでに絶賛されたのか、奥森の視点からおもしろさを解説する。
目次
年末年始に何度もトレンド入りした「こたけ正義感」
年末年始、数えきれないほどのお笑い番組が放送される中で、異例の注目を集めたコンテンツがあった。それが、ピン芸人・こたけ正義感さんによるライブ『弁論』だ。
ライブ自体は2024年12月6日に開催されたが、この公演の映像が12月末から1月15日の期間限定でYouTube上にて無料公開された。
こたけさんがXに投稿したダイジェスト映像つきの告知ポストは2万いいねがつき、インプレッションは400万超え。配信期間中に「こたけ正義感」がXのトレンドに入っている場面を何度も見かけた。
ひとつのお笑いコンテンツがここまで拡散され、ムーブメントを起こすというのはかなりレアケースである。「こたけ正義感の『弁論』」はどのようにしてここまで話題を呼び、多くの人の心をつかんだのであろうか。
無駄のない主張で結論を出す“美しさ”
こたけ正義感さんとは、ワタナベエンタテインメント所属のピン芸人。現役の弁護士でありながらお笑い芸人の活動をされているという異色の経歴の持ち主である。
弁護士という特性を活かしたフリップネタが主で、『R-1グランプリ』や『ABCお笑いグランプリ』などで何度もファイナリストになっている。
『弁論』というライブは60分間ノンストップでこたけさんが漫談をするもので、2024年にスタートした。4月・7月・12月と3度開催されている(7月の東京公演の内容で、8月に大阪公演も開催された)。
法律を用いた話や、弁護士ならではの話題が飛び出てくるのが醍醐味で、見事な話術で60分間があっという間に感じられるようなライブである。
夏の公演を配信で観たが、弁護士になるまでのお話や今の奥様とのなれそめなどが話されていて、とにかく観応えがあった。
年末年始に無料公開された今回の『弁論』は、それをさらに上回るような満足感が得られる60分で、実際にSNSでは絶賛の声が多数上がっていた。
冒頭から肖像権の話が登場し、「弁護士とは何か」ということや法律の知識など、基礎的な部分を順にわかりやすく説明してもらえる。知識がまったくない人でも理解できる表現で軽妙に話していくため、難しいことを言っているという印象を持つことはない。
おもしろく観ているうちに、気がつけば法律にまつわる知識が身についているという、スピードラーニング的な側面がある。
個人的に好きだったのは、同じく弁護士の奥様と意見が食い違ったときの解決の仕方を再現する場面だ。法廷さながらのテンポ感で、無駄なく双方が主張をして結論を出すまでのさまは美しいとすら思った。
家族でも友達でも恋人でも仕事でも活用できるワザ。すぐにまねしたい。できるかはわからない。
ライブが後半に差しかかると空気は一変する。こたけさんが弁護士会の広報として関わることになった「袴田事件」が題材となり、実際の事件の詳細やなぜ冤罪が起きたのかが丁寧に説明されていく。
正直、お笑いとはかけ離れたテーマだとは思うが、茶化すことも雑な消費をすることもなく真摯に向き合っていることが伝わってくるため、ぐっと引き込まれた。
前半の話が後半につながる展開もあり、とにかく圧巻の話術と構成であった。
ひとつのステージに、さまざまなおもしろさが存在する
「おもしろい」には種類があるとつくづく思う。
ただ笑ってしまうような楽しいおもしろさ。新たな知識を得て刺激を受けたときのおもしろさ。小説を読んだときのようなワクワクするおもしろさ。ゲームに熱中しているときのようなおもしろさ。
これらは同時に味わうものではなく、多種多様なエンターテインメントを享受することで少しずつ得られていくものだと思っていた。
ところが、こたけ正義感の『弁論』は、たったひとりによる一ステージなのにもかかわらず、すべてを網羅する勢いでさまざまなおもしろさが存在していた。
笑える部分がたくさんありながらも、勉強になる部分も、伏線回収的な展開にワクワクする部分も、まじめに言葉に耳を傾ける部分も。違う種類のおもしろさにあふれていて衝撃を受けた。
お笑いで、エンタメで、このようなことが可能なのかという驚きがじわじわと湧いた。
スタンダップコメディを超越した「弁論」の頂点
『弁論』のすごさのひとつに、ジャンルとしての新しさがあると思っている。
これまでのライブタイトルには「こたけ正義感60分漫談」という一文がついていたのだが、今回は、「こたけ正義感の弁論」というシンプルなタイトルだった。
「漫談」とはなんなのかを調べると、日常的で穏やかなテーマをユーモアを交えながら展開させていく日本発祥の話芸のことだそうだ。
一方で「スタンダップコメディ」を調べてみると、社会風刺やジェンダーなどタブーに近いことを扱うことが多く、辛辣なジョークやユーモアを交えてひとりで話すものだという。
今回の『弁論』はスタンダップコメディに近いのかもしれない。タブー視されているような事柄も話題に上げて笑いに変えていたからだ。
「海外のスタンダップコメディの映像をよく観ている」と以前こたけさんがおっしゃっていたことがあり、大なり小なり影響を受けていることが想像できる。
しかしながら、これはスタンダップコメディでもないと思う。公演中に、何ヶ所かスクリーンを用いたり、エキストラのような人物が登場する部分があったりした。ライブならではの演出と構成も相まっての60分だった。
これは「漫談」や「スタンダップコメディ」といった枠組を超越した「弁論」なのだろう。新しいお笑いのジャンルを発明している。「弁論」というジャンルの頂点だ。
無料配信なのにグッズが爆売れする事態に
本来、観客がいる有料のイベントは「配信チケット」というかたちで販売される。それを無料で公開するというのは、さまざまなリスクが伴うことであり、収益的な面でもマイナスになってしまうのではないかと愚考してしまう。
無料配信の映像の最後には、この公演を無料で配信する代わりにグッズ購入と拡散をすることへの協力を呼びかけるコメントがついていた。本人の口からそうお願いされると、行動しようと思わされる。
見事に、「チケットにお金を払っていない分グッズを買おう」「これほどいいものを見せてもらったのだから拡散しよう」と思う人がたくさん発生して、グッズはSnow ManやTravis Japanと肩を並べるほどの売れ行き。メンバーはたったひとりなのに。
SNSも配信期間中に何度もトレンド入りするなど、こたけさんの想いはたくさんの人に届いていたようだ。
思い返せば「配信チケットを購入する」という行為は、そこで応援が完結してしまっているような感覚がある。観ているだけで満足してしまう。
ただ、無料公開をすることは結果的に大規模に拡散され、応援する気持ちを掻き立てられた。これは弁護士の経験から思いついたやり方なのか、ただ賢いだけなのか、こちらからはさっぱりわからない。
多数の著名人からの宣伝による「バズの永久機関」
数えきれないほどのお笑い芸人さんやエンタメに関わる著名人が、『弁論』を宣伝していたのも印象的であった。
批判の声がない上に、皆がそろいもそろって「おもしろかった」「みんなに観てほしい」という声を投稿している状態は、お笑いコンテンツにおいてスーパーレアな出来事だろう。
これはなぜかと考えたとき、こたけ正義感さんが挑戦していることが、誰ひとりとしてまねできない新しいことだからなのではないかと思った。
「弁護士芸人」という時点でもう競合する人がいないと思うのだが、それに加えてこれだけの構成と引き込まれる話術と人を選ばないおもしろさを持ち合わせている人はそういない。
だからこそライブを観た人が嫉妬という感情をほとんど抱くことなく、同業者たちからも純度の高い尊敬の念と称賛の声が送られたのではないだろうか。妬みが生まれる隙もないほどに新しいという、マンガの主人公のような話。
また、著名人の『弁論』の感想や拡散投稿を、こたけさん自身が端から端まで引用リポストしていたのもすごかったと思う。
SNS上で告知を繰り返し投稿すると煙たがられるのではないかと、私は勝手に思っていた。しかし、こたけさんが毎日感想などの投稿を引用リポストしているのを見ても「話題になっていてすごいなぁ」とうれしい気持ちになったし、この発信によって「あとで観よう」と思って観逃す人をなくしていたのではないかと思う。
引用リポストがまたバズっていることもあり、もはや『弁論』を中心にバズが次々と生成されているようにすら思えた。バズの永久機関。本当にすごい。
これからはより大きな規模で『弁論』を開催していきたいとの考えがあるそうで、これからも定期的に開催されるようだ。日本武道館での『弁論』をいつか必ず観たい。
『弁論』が作る、新しいお笑いのかたち
『あちこちオードリー新春SP【新春本音ノーカットトークSP】』で、伊集院光さんが『M-1グランプリ』に対して感じていることを話す場面があった。
「漫才の競技化が加速していて、審査員が漫才の人ばかりで、マニアックな方向に進んでいる。このままだと文化が滅びるのでは?」というような話。
ここ10年で『M-1』のエントリー数は3倍以上に増大している。
漫才の競争率が年々高まり、新しいことをしても埋もれてしまう可能性がある気がする。おもしろい漫才の人が日の目を浴びてないと切なくなる。年が明けて、ヨシモト∞ホールが閉館し「渋谷よしもと漫才劇場」となることがつい先日発表された。
時を同じくして、吉本所属ではないピンの芸人さんによるスタンダップコメディのようなライブが話題になったというのは興味深く感じる。また少しずつお笑いのかたちが変わるのだろうという予感がする。
コンプライアンスが厳しくなった現代において、こたけ正義感さんはうってつけの存在だ。
お笑いファンにとってはすっかり恒例となっている、賞レースで披露されたネタの『リーガルチェック』も時代にピッタリ。あの動画も、おもしろいと思って観ているうちに法律が学べる。それにネタに対するコメントが秀逸で、これまたおもしろい。
法律を用いたネタやリーガルチェックをしている姿を見ると、「正しい人」というイメージになりやすいと思うが、個人的にはそうではない一面も好きだ。
ABCラジオPodcastで配信されている『こたけ正義感の聞けば無罪』にて「これは訴えることはできますか?」という質問を募集するコーナーがある。
ある回で迷惑な人に出会ったエピソードのメールが紹介されたときに、法律の観点から詳しく説明し尽くしたあと「法律で裁くのはうれしいケースだと思います。でもムカつくんでぶん殴ってください」と言っていたのを聞いてめちゃくちゃ笑った。
弁護士であることがフリになっているおもしろさが魅力だと思うので、正しさのほうではなくおもしろさのほうに目を向けて見ていたい。
60分に比べて4分はあまりに短いが、『R-1グランプリ』での活躍も期待している。
『弁論』の盛り上がりはお笑い界にとって重大なニュースだと感じる。既存のスタイルに捉われないお笑いや活動のかたちが増えれば、お笑いを楽しむ側のスタイルも多様化するだろう。2025年のお笑いも楽しみだ。