中国発SF大作『三体』を大森望が徹底ガイド。これは、21世紀文化の基礎教養だ
『三体』の人気が止まらない。先日3部作の「II」が発売されるやいなや、ベストセラーランキングを賑わせている。こんなに分厚い翻訳本がなぜ? とにかくおもしろいっていうけど、中国文学もSFもよく知らなくても楽しめる? 訳者のひとり大森望による『三体』シリーズ徹底ガイド。
『三体』とは、太陽が3つある惑星のこと
『三体Ⅱ 黒暗森林』が出たばかりなので、『三体』という奇妙なタイトルを書店の店頭やSNSで目にする機会が多いかもしれない。なんか最近よく見るけど、三体ってなに? 暗黒じゃなくて黒暗? 著者名が読めないよ! 帯でオバマとかザッカーバーグが推薦してるけど、これってSF?
……というような疑問に答えて、翻訳出版界を揺るがすモンスター、《三体》3部作(そう、3部作なんです)とはなんなのか、かいつまんで紹介したい。ネタバレには極力配慮しますが、完全回避は不可能なので、これから読むつもりの人はご注意ください。まあ、すべてのネタを身も蓋もなく割っているWikipediaの『三体II』あらすじを何回も熟読吟味した上で現物を読んで、それでもめちゃくちゃおもしろかったと言ってる人もいるので、そう神経質にならなくても大丈夫かもしれませんが。
さて、思いきり簡単に言うと、《三体》3部作の基本は侵略もの。宇宙と交信したら、たまたまご近所の異星文明とつながり、その宇宙人が地球めがけて攻めてくることになって、さあ、たいへん――というのが基本設定。めちゃくちゃ古くさい海外テレビドラマとか国産SFアニメみたいな話ですが、にもかかわらず、これがとんでもなくおもしろいと大評判になり、中国では2100万部、全世界では2900万部という驚異的な売れ行きを記録している。
日本もその例外じゃなくて、昨年7月に邦訳された第一部『三体』は、現在、累計発行部数が10万9000部(+電子書籍)。今年6月18日に上下巻で出た『三体II』はいきなり初版各6万部でスタートし、発売4日目に重版が決まって、上下巻合計の累計発行部数は14万部。中国の作家が書いた古めかしい侵略SFがどうしてそこまで売れるのか?
題名の『三体』というのは、太陽が3つある惑星のこと。太陽が2個までなら、どんなふうに動くか予測できるのだが、3個に増えるといきなり予測不可能になる。これが天体物理学の“三体問題”。では、太陽が予測できない動きをする星系の惑星に文明が生まれたら、いったいどんなことになるのか? というのが3部作の出発点。文明は勃興するたびに大規模な気候変動に見舞われて滅亡。興亡のサイクルを200回も繰り返すうち、極めてタフでしぶとく、非情な文明が育ってゆく。
前作『三体』の始まりは、文化大革命が始まって間もない1967年当時の北京。資本主義文化を批判し、社会主義文化を作ろうとする改革運動が燎原の火のごとく広がった結果、社会は大混乱に陥り、10年の間に出た死者は数十万人から2000万人に及ぶとも言われる。
一番の人気キャラ、史強
主人公の天体物理学者、葉文潔(イエ・ウェンジェ/よう・ぶんけつ)は、理論物理学者である父親が大学キャンパスの糾弾集会で吊るし上げを食らい、女子中学生の紅衛兵(学生の兵士)たちになぶり殺しにされる現場を目撃し、人類に絶望する。こいつらはダメだ。この地球を救うには、もはや外部の力に頼るしかない……。やがて、謎めいた山頂の軍事施設にスカウトされた文潔は、心の奥に固く秘めたこの決意を実行に移すべく、宇宙にあるメッセージを送り出す。
一方、現代(2006年ごろ)パートの主人公は、ナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ/おう・びょう)。世界有数の科学者たちの連続自殺という不可解な事件の背後を探ることを依頼された汪淼は、超自然的としか思えない怪現象に見舞われ、その呪い(?)から逃れるべく、タフで口の悪い警察官・史強(シー・チアン/し・きょう)と心ならずもタッグを組む。この史強が一番の人気キャラで、その人間くさい魅力に大ハマリする人が続出。『三体II』でも大活躍を見せてます。
ともあれ、『三体』では、シリアスで文学的な過去パートと、ダン・ブラウン/鈴木光司ばりのサスペンスでぐいぐい引っ張るサービス満点の現代パート、そして、作中で汪淼がプレイするVRゲーム(3つの太陽の運行が予測不可能なせいで幾多の文明が勃興しては滅亡してきた「三体世界」が舞台となる)のパートが並行して進み、やがてひとつに合流したとき、おそろしく奇想天外な(SFならではの)大技が炸裂して、読者はあっと驚くことになる。そ、そんなのあり? 本格ミステリ的に言うと、驚天動地のハウダニット(犯行方法)ってやつですね。ズルいと思うかもしれませんが、これがSFの醍醐味です。
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