中国発SF大作『三体』を大森望が徹底ガイド。これは、21世紀文化の基礎教養だ

2020.7.2


『II』はエンタテインメント一直線

著者の劉慈欣(日本語読みでは「りゅう・じきん」、中国語読みでは「リウ・ツーシン」)は、いまや中国の国宝とも言われる大作家(1963年生まれ)。日本で言えば、小松左京みたいな存在ですね。『三体』は、2006年にSF雑誌『科幻世界』に連載されたのち、2008年に単行本化。2014年になって、ケン・リュウ(『紙の動物園』などで知られる作家でもある)による『三体』の英訳がアメリカの大手SF出版社Tor Booksから刊行され、英語圏読者の間で評判を呼ぶ。翌年、この英訳版が、世界で最もメジャーなSF賞、ヒューゴー賞の長編部門を受賞する。これは、アジア初というだけでなく、英語以外で書かれた長編の受賞は史上初。まさに歴史を揺るがす大事件だった。
そこから『三体』人気に火が点いて、英訳がベストセラーになったばかりか、中国本国でも巨大なブームを巻き起こし、知らない人がいないくらいのメジャー・タイトルとなって、SFの地位が国家的な規模で向上することになった。

『三体II 黒暗森林』は、その『三体』の直接の続編なんですが、小説の趣は前作とかなり違って、エンタテインメント一直線。SF版コンゲーム小説というか、人類文明の存亡をかけた頭脳戦が焦点になる。
前作に書かれているとおり、1000隻の宇宙戦艦からなる三体文明の侵略艦隊が地球に到達するのは、今から400+α年後。今の地球の技術力では、とても彼らに太刀打ちできない。しかも、三体文明は、人類科学の発展を阻害すべく、11次元の陽子を改造した、原子よりも小さいスーパーコンピュータ・智子(ソフォン)をすでにいくつも地球に送り込み、人類のあらゆる活動を監視している。どんな作戦を立てても、情報は敵に筒抜け。この絶望的な状況に対処すべく、国連惑星防衛理事会(PDC)が立案した窮余の一策が面壁計画だった。さすがの智子にも、人間の脳内の思考だけは覗けない。そこで、切り札として選ばれた4人の面壁者(元米国国防長官、元ベネズエラ大統領、ノーベル賞候補の科学者……)が、地球上のリソースを好きなだけ使って、誰にも相談することなく自分ひとりで考えた作戦を(敵ばかりか味方をも欺きながら)遂行することとなったのである……。
この面壁者たちがスーパーヒーロー的な人気を獲得し、映画が作られたりする(アベンジャーズか!)みたいな設定もおもしろいが、地球には、三体文明の到来を待望する秘密組織、地球三体協会(ETO)も存在し、今は地下に潜っている。彼らは面壁計画を打倒すべく、欺瞞や駆け引きが不得意な三体人に代わって、面壁者の真の計画を看破すべく、それぞれの面壁者をマンマークする”破壁人”を指名する……。
どこのスーパー戦隊だよ! みたいなこの設定をきっちり消化し、大向こう受けするビッグなアイデアを用意するのが劉慈欣のすごさ。いや、まあ、たいへんなことになるのでお楽しみに。

『三体II 黒暗森林 下』 劉慈欣著、富安健一郎(イラスト)、大森望訳, 立原透耶訳、上原かおり訳、泊功訳/早川書房
『三体II 黒暗森林(下)』劉慈欣著、富安健一郎(イラスト)、大森望訳、立原透耶訳、上原かおり訳、泊功訳/早川書房

インターネットのメタファーとしても

小説の主役は、天文学者から社会学者に転じた若き大学教授・羅輯(ルオ・ジー/らしゅう)。刹那的な快楽を求めて気楽に生きてきた男だが、葉文潔の娘と高校の同級生だった縁で、文潔から“宇宙社会学の公理”を伝授され、人類の命運を左右する重大な使命を担うことになる。その羅輯の警護役として、前作から引きつづき登場するのが、ごぞんじ史強。今回は羅輯とタッグを組み、相変わらず頼もしい活躍を見せてくれる。

ちなみに羅輯は真剣に女性を愛したことがないというタイプですが、一度だけ、脳内彼女にハマったことがあって……という厨二病設定(及びそこからの超展開)が一部読者から批判の的にされてますが、第一部の『三体』でも、主人公の妻子に対する扱いはけっこう雑だったしなあ。

宇宙人の侵略なんてリアリティがないと思うかもしれませんが、忍び寄る見えない恐怖に全世界の人々が怯える感覚は、地球規模のパンデミック禍にある現在の状況と妙にシンクロする。侵略艦隊は距離が遠過ぎて観測できないので、見えないものは信じないという懐疑派が幅を利かせたり、反対に人類滅亡を確信する敗北主義が蔓延したり、三体艦隊との終末決戦はずっと先の話なんだから、防衛のために資源を費やして経済が落ち込むほうが有害だという議論が沸き起こったり、太陽系防衛計画の裏側で大国同士が覇権争いに血道を上げたり……。『三体Ⅱ』の設定はまるで現在を予見したようにも読める。

作中で披露される「黒暗森林仮説」が、いまや、インターネットのメタファーとしても世界的に使われていたり、《三体》の設定は21世紀文化を形作る基礎教養としてグローバルに需要されているので、その意味でもご一読をお薦めしたい。
なお、完結編となる『三体Ⅲ 死神永生』の邦訳は来年春(または初夏)に刊行予定ですが、『三体Ⅱ』のラストで、ストーリーはいったん区切りがつくので、話の途中で放り出される心配はありません。


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大森 望

(おおもり・のぞみ)書評家、翻訳家、アンソロジスト。責任編集の『NOVA』全10巻と、『年刊日本SF傑作選』全12巻(日下三蔵と共編)で、第34回及び第40回の日本SF大賞特別賞を受賞(前者は第45回星雲賞自由部門を同時受賞)。『サンリオSF文庫総解説』(牧眞司と共編)で第46回星雲賞ノンフィクショ..

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