東出昌大「『なるようにしかなんねぇ』で大人をやっているだけ」。就活生に求められる「信念」を、面接官は持ち合わせているのか?:人生相談連載「赤信号を渡ってしまう夜に」

文=安里和哲 撮影=長野竜成 編集=菅原史稀


東出昌大が応える人生相談連載「赤信号を渡ってしまう夜に」。価値観が流動化し対話が難しくなった現代。この連載では、「こんな時代だからこそ、もっと話したほうがいい」と語る東出が、読者のお悩みに応答している。

諸事情で久々の更新となったが、この間に東出は結婚を発表した。それからすでに数カ月経った今の心境をまずは尋ねてみた。記事後半では本題の人生相談へ。就活に悩む若者に、大人の実像を明かしながら、肩の力を抜くことを勧める。

【連載】赤信号を渡ってしまう夜に(東出昌大)記事一覧

#1:「大人ってちょっとずつ、建前のルールを破る」
#2:「仲よくなりたい相手には、利益を与える必要がある」
#3:“推し活”に思うこと「でも、好きになっちゃったらしょうがない」
#4:濱口竜介監督に伝えた「僕、この気持ちはわかりません」──映画に“正しさ”を求めるべきか?
#5:東出昌大のタバコ論と“意識低い系”でいたい理由
#6:東出昌大が考える“夫婦間のセックスレス”問題
#7:東出昌大「この先、生きていけなくね?」──そんなとき“救い”になった2冊とその理由
#8:東出昌大が考える“愛”の定義「『好き』という気持ちは、恋愛だけじゃない」
#9:東出昌大、“諦め”という再出発点にたどり着くまで「僕はもうあんまり考えないんです」
#10:東出昌大が“おじさん”を自称する理由とは?

結婚しても浮かれずコツコツと

ずいぶんと連載の間隔が空いてしまいました。この取材は、ご結婚を発表されてから初めてなんですよ。

そうでしたか。

改めて、おめでとうございます。今の心境を少し聞いてもいいですか。

いいですよ。ちょうどこの取材の2日後(11月30日)に役所に婚姻届を出すんです。発表はだいぶ前でしたけど、私の舞台の準備や本番でちょっと忙しかったから、このタイミングになりました。

お子さんも生まれるということで、楽しみです。

楽しみですけど、まあ何があるかわかんないから。猟師の先輩とも話すんですよ、子供が生まれるっていうのは容易なことではないですよねって。妊娠・出産って一大事だから、楽しみにしつつも、あんまり浮かれすぎず、日々コツコツと生きております。

最近でいうと文芸誌『GOAT』(小学館)で、小説家の小池真理子さんと対談されていました。そこで、結婚というのはふたりの間の誓いというより、社会に対する態度表明なんだと話されていましたね。結婚はふたりを縛り合う契約ではないと。

そうですね。だから今回は式もやらないんです。神の前で一生の愛を誓うことも別にしないし、みんなの前で催しもしない。それは人生どうなるかわからないから。

でもけっしてネガティブな意味ではなくて。人間の気持ちは、状況によっては変化するのが自然だから、わざわざ永遠の愛を宣言する必要もないだろうと。

もちろん結婚はしたいからするし、今のところすごく幸せです。でもだからといって肩肘張って「こうならねば」みたいな目標は掲げすぎないように、僕ら自身、心がけてる部分もあります。

なるほど。

あと僕らの仕事って特殊で、何か言いたくなる人が出てくるのは仕方ない。なので、言いたい人には言っといてもろて、っていう感じです。僕らはマイペースに田舎で普通に過ごしていくだけかなと思います。

僕の話はこんなところでどうでしょう。前回からだいぶ空いちゃったので、お便りも溜まってるでしょうから、早くやりましょう。

一貫していない自分が恥ずかしい

Letter No.22
21歳にもなるのに、自分の軸や信念がない、定まらないです。

現在就職活動をしています。その中で、自分の過去の経験、自分の将来やりたいこと、企業との3つの一貫性を持たせて、話す必要があると思うのです。

しかし、私は過去の経験と将来やりたいことが必ずしも一貫しているわけではなく、もうこの人生を歩んできたからこういう未来を歩むしかないのかな、と諦めのような気持ちを抱く一方で、まだ別にやりたいことがあるような気がする、というふわふわしてしまっています。就活がうまく行かないのは、このような逡巡の念が企業の方にも見破られているからなのではと推測しています。

また、私は東出さんのように「私はこれを選んだんだ!」という、自分の信念を持って生きる人をとても尊敬していてかっこいい大人だと思います。そして自分にはそのようなものがないことを恥ずかしいと思います。

どうすれば自分の信念をもって、自分の人生を自分軸で選択できるようになるのでしょうか。

私はエントリーシートを書いたこともないですが、就活に悩んできた友人が何人もいて、いろいろ話してきました。

そこでよく聞くのが「自分は必要とされてないんだ」と絶望したという話なんですよね。受験の場合はシンプルで、点数が足りないと落ちる。だけど就活は採用の基準がブラックボックスだから、落とされるたびに自分の存在自体を否定された気になってしまう。

そういう否定を何十回も経験したら、そりゃキツいですよ。でもこれは日本社会の歪さであって、相談者さんが気に病むことはないんです。というか、すべての就活生は、就活がうまくいかないからって自分に価値がないなんて思う必要はない

でも、頭ではわかっていても、渦中にいるとなかなか冷静にはなれないですよね。いつ終わるんだ……という絶望感は、私も身に覚えがあります。

この相談者さんが素晴らしいところは、まさにそこなのかもしれない。この方は絶望の中にいながらも、自分のことを主観も客観も伴わせて冷静に分析できている。この態度を、私はものすごく魅力的に感じます。

私だったら、相談者さんみたいに、社会のジレンマに気づいて真正面から苦しみ、その思いをちゃんと言葉にできる人と仕事がしたい。なんなら面接でもその自分の抱える苦しみを、実際に打ち明けてみるのもいいんじゃないでしょうか。

「東出は普通の社会を知らないから、そんな理想論が言えるんだ」と言われるかもしれませんが、意外と響く大人もいるんじゃないかな。

建前じゃなく、本音をぶつけてみると。

もちろんこの戦略がハマるかどうかは、業界にもよると思うんですよ。クリエイティビティが必要とされる業界の人間に本音をぶつけたら「おもしれえな」と思ってもらえる可能性はある。

でも、ホスピタリティが必要なサービス業だったら「本音はいいから建前でもてなしてくれよ」と思われるかもしれない。とはいえ、面接官の前で本音を言えたっていう経験はきっと、その後の自信にもつながると思うんですよね。自分の思いを大切にできたってことだから。

あと、相談者さんのように大学生くらいだと、大人ってすげえって圧倒されるのかもしれませんが、マジでそんなことないです。

信念をもった大人なんて5%もいない

相談者さんは「東出さんのように『私はこれを選んだんだ!』という、自分の信念を持って生きる人をとても尊敬していてかっこいい大人だと思います」とおっしゃっています。

いや、大人なんて「なるようにしかなんねぇ」でやってるだけなんです。なあなあでやってきたら、それなりに飯が食えてるだけ。東出自身も「私はこれを選んだ!」なんて胸を張って言えるわけでもなく、「なんかワンチャン行けんじゃねえかな」って楽しそうなほうに流れてきただけなんです。

就活でも、面接官はさも偉そうに見えるかもしれんけど、選んでいる側の大人にも、大それた信念なんてないことがほとんどなんじゃないかな。社会人として経験を積んで、それっぽく振る舞えてるだけで。そしてそれは全然悪いことじゃなくて、むしろそれが大人になるってことなんだと思います。

たしかに大人なんてそんなもんですね。だからこそ相談者さんの抱える率直な悩みを面接の場でぶつけられたら、意外と心揺さぶられるかもしれない。

そうそう。だから「自分には信念がない」なんて落ち込まなくていいんですよ。私の知る限り、信念を持ってる大人なんて、5%もいないんじゃないかな。そんななかで、この相談者さんは21歳にしてこれだけ内省して言語化できてるんだから大丈夫。「大人は立派」とかないです。マジでない。

この方が変わる必要はない。

うん。今のあなたはじゅうぶん、素敵だから。もうちょっとがんばらないといけない時期が続くかもしれないけど、今のあなたで間違ってない。この思いを持ち続けていたら、素敵な人にも出会えるはずです。

たとえ就職できたとしても、すぐに別のやりたいことが見つかって辞めるかもしれない。そう考えると就活に全体重をかけて疲弊したり、ましてや自分が抱える悩みを捨ててしまうのは、もったいない。

就活に対してシリアスになりすぎず、半身で臨むことも大事ですね。

どこで何が待ってるかわからないから。自分は何がやりたいんだろうって常に希求し続けながら、動けばいい。楽しいことはこれからまだまだいっぱいありますよ。

本連載では、読者の皆様から引き続き人生相談を募集中! 東出さんに相談したいお悩みがある方は、どうぞ下のボタンをクリックしてお寄せください(※お答えできない場合もございます。あらかじめご了承ください)

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安里和哲

(あさと・かずあき)ライター。1990年、沖縄県生まれ。ブログ『ひとつ恋でもしてみようか』(https://massarassa.hatenablog.com/)に日記や感想文を書く。趣味範囲は、映画、音楽、寄席演芸、お笑い、ラジオなど。執筆経験『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』『Maybe!』..

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